『ノーカントリー』

ノーカントリー

人里離れたテキサスの荒野でハンティング中に、銃撃戦が行われたと思しき麻薬取引現場に出くわしたベトナム帰還兵モス。複数の死体が横たわる現場の近くで、200万ドルの大金を発見した彼は、危険と知りつつ持ち帰ってしまう。その後、魔が差したのか不用意な行動を取ってしまったばかりに、冷血非情な殺人者シガーに追われる身となるが、愛する若い妻カーラ・ジーンを守るため、死力を尽くしてシガーの追跡を躱していく。一方、老保安官エドトム・ベルもまた、モスが最悪の事件に巻き込まれたことを知り彼の行方を追い始めるが、モスを保護できないまま、死体ばかりが増えていく事態に直面し、苦悩と悲嘆を深めていく……

コーマック・マッカーシーの戦慄の犯罪小説『血と暴力の国』を原作に、『ファーゴ』のコーエン兄弟が描くサスペンス。

相変わらずコーエン兄弟の撮る映画は、独特の存在感がある。モスの徒歩シーンを延々挿入してみたり、事件/ストーリーの核心に全く関係のない様々なキャラクタ設定やシークエンスなど、普通の映画なら確実にすっとばすようなシーンを組み込み、普通の映画なら確実にありそうな目を見張るアクション・シーンなどをばっさりとカットしてみたり、ととにかく不思議な感覚だが、しかし、画面の向こうには確かに、登場人物たちの日常が、そして彼らが存在している世界が確固としてあるのだ。

その日常描写はさらに洗練され、たとえば『ファーゴ』では“関係ないものも沢山ある”日常を描いたが、今作ではそれに加えて“関係なさそうなものが実は関係し、関係ありそうなものが実は関係ない”という、まさしく日常らしい日常を描き出している。やはり、日常描写で映画を撮らせたら、ふたりは天才だろう。

そんな中で、獲物を追い求める殺人鬼シガーを演じるハビエル・バルデムの存在感は格別。笑うことの出来る動物は人間だけだというが、劇中「ユーモアが完全にない男」と紹介されるシガーは人外の存在ということか。ターゲットもその家族もクライアントさえも「平等」に殺すその淡々とした様相たるや、まさに狂気と恐怖の体現だ。編集・演出から見ても、彼の殺戮シークエンスの数々は凄まじく、まさしく“描写と非描写”の美学と言っていいだろう。

邦題では『ノーカントリー』だが、原題では以下にさらに続き“No Country for Old Man(老人に、居れる場所/故郷はない)”となっている。これを加味すると、ラストのトミー・リー・ジョーンズ演じる保安官の独白は非常に味わい深い。アカデミー賞4冠も納得の傑作だ。

詳細『ノーカントリー
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=328975#1