2012年鑑賞映画作品/101-110 感想リスト

甘い生活〈完全復元版〉』……フェデリコ・フェリーニ監督。ローマの街中で人を変え場所を変えて夜毎繰り返される乱痴気騒ぎの数々を、主人公マルチェロの目を通して延々とスケッチしてゆく。およそ3時間、そのそれぞれはただただ虚ろに我々の目の前を通り過ぎて行くばかりで、実に無常で不条理。最後に映される、マルチェロの足許に投げ出された虚ろな目をしたエイの死骸と、向こう岸で晴れやかに微笑む少女のコントラストが鮮烈な傑作。女優の撮影も美しい。

エクソシスト2』……ジョン・ブアマン監督。前作と雰囲気はガラッと変わり、どちらかと言えばSF寄りのオカルト。いわゆるショックシーン自体は少ないものの、2つの地点が呼応するかのようにカットバックで描かれる恐怖(超常現象)シーンは見物。画面上に展開される“アフリカ”といい、遠く空を飛ぶ飛行機といい、迫り来るイナゴの大群といい、地味ながらSFXがよい仕事をしていてシーンを盛り上げてくれている。若干、物語内容を詰め込み過ぎた感もあって、消化不良なところも間々あるが、十分に楽しんで観ることが出来た。『3』も観たいが、現状手に入れる手段がない(残念)。

『1911』……ジャッキー・チェン主演・総監督作品。清王朝を終焉させた辛亥革命を、孫文、黄興、そして袁世凱の3視点を主にして描く歴史叙事詩(ジャッキーは黄興役)。アクション・シーンそれ自体は少ないものの重厚かつリアルな映像で見せてくれる。また、全編を通して編集が面白く、場面によってはヌーヴェルヴァーグもかくやのチャカチャカとした繋ぎ方すらあって興味深い(この編集はまるで我々を常に物語の外の階層へと留めさせておくような──いわゆる英雄譚的物語へと没入させないようにするかのような印象を受ける)。むざむざと死にゆく革命軍の若者たちの惨状も描き、ラストの一連のシーンも決して華やかに描かないところに好感を持った(映画は「血」の赤色で幕を開け、そしてモノトーンに終結する)。そして、特筆すべきは袁世凱のキャラクターの立ちっぷりの見事さときたら! 観る者に独特の存在感を示しつつ、映画をいっとき弛緩させるクッションとしても見事に機能している。いわゆる中国香港映画的叙情感がやかましく思われるかもしれないが、これは必見の傑作だろう。

『永遠の僕たち』……ガス・ヴァン・サント監督。死に取り憑かれ他人の葬式に紛れ込むことを趣味とする青年イーノックと、不治の病に冒され余命幾ばくもない少女アナベル、そして彼らを見守る特攻隊員の幽霊ヒロシ──彼らの友情と恋そして別れを描く。主人公とヒロインの設定や物語から『ハロルドとモード 少年は虹を渡る』が思い起こされるが、こちらが少年と老婆の物語だったのに対し、『永遠の〜』では少年少女としてストレートに語り直さている。このままでは単なる難病モノになってしまうところだに、そこに加えられた幽霊ヒロシの存在によってそれを逃れている。イーノックのイマジナリー・フレンドであり且つ幽霊というヒロシの特異な設定を的確に演出することによって、一風変わった、しかし寓話的でかつ普遍的な成長譚として映画をひとつに纏め上げることに成功している(いつ誰の視線のときに彼が映っているのかというのが重要なキィとなる)。ときにユーモラスに、ときに寂しげに画面に登場するヒロシを演じた加瀬亮の存在感が素晴らしい。若干、説明的過ぎる嫌いがあったり展開の強引さも見受けられるが、しかし透明感溢れるジュブナイル映画として素晴らしい作品だった。

追想』……ロベート・アンリコ監督。1944年を舞台に、ナチに妻子を惨殺された温厚な医師ジュリアン(フィリップ・ノワレ)が、古城にて1人ひとりナチス兵を復讐の銃弾で仕留めてゆく様を描く。町山智浩氏によればタランティーノの『イングロリアス・バスターズ』にも影響を与えたとか。とにかく全編に渡って交互に映される、甘美な思い出と容赦のない殺戮シーンのギャップ演出が素晴らしい。幸せそうな主人公家族が自転車を並んで漕いでいるというオープニングに流れる映画のテーマ音楽は、なにをどう聞いてもこれから復讐劇が始まることを予感させない(その頃のロマンス映画的音楽)が、そのどこまでも甘くやさしい追想が主人公に銃を取らせるのだ。ラスト、もう一度われわれの眼前に現れるある光景を目にして、なにを思うだろうか?

J・エドガー』……クリント・イーストウッド監督。FBI初代長官として長らく恐れられたJ・エドガー・フーバーの半生──その隠された私的一面を描いてゆく。一大権力者となった人物の人生の光と影(グッと影を落とした撮影が美しい)──むしろ言うなればその人物の「孤独」を時系列をシャッフルして描く構成は、ウェルズの『市民ケーン』(近年だと『ソーシャル・ネットワーク』)に近いものだが、イーストウッドはさらにエドガーの広い意味でのラブ・ロマンスとして収斂させてゆく。その語り口の緩急の付け方や小道具の使い方など本当に見事で、エドガーは確かに傍から見れば最低最悪の奴なのだけれど、それでも観る者は胸を打たれずにはおれなくなってしまう。意識的にも無意識的にも虚を演じ続けなければならなかったエドガーを演じたレオナルド・ディカプリオほか、役者の演技とその配役も素晴らしい。イーストウッドの巧みな演出腕を今回も見せ付けられた。

『おろち』……楳図かずお原作、鶴田法男監督。人里隠れた屋敷に住む住人の物語であったり、特殊な実験が出てきたりなど、そのテンポ含めてなるほど60年代怪奇映画テイストの作品で、画面がたいへん豊か。人間の主観的心理つまり思い込みこそが、もっとも恐ろしい結末を生む様を、見事に描写している。難点があるとすれば、狂言回し的役回りである「おろち」のモノローグがちょっと多過ぎる点。説明的に過ぎる嫌いがあるし、そもそもモノローグを減らしたほうがより、不可思議で陰惨な雰囲気が出るのではないかなと感じた。

タマフル THE MOVIE/暗黒街の黒い霧』……入江悠監督。TBSラジオライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』の企画映画を遅まきながら鑑賞。自分がリスナーであること故のハードルの低さをかんがみても、思った以上に面白かった。物語にきちんと求心力があるところが素晴らしいし、予算やスケジュール、俳優でない出演者といったありえないほどの低スペックをカバーする演出もよかった。ただ、ラストで宇多丸は銃を、一時の影/鏡像であった〈彼〉から渡されれば、より構造として強度のある脚本になったろう。大学で映画を撮った事を思い出しながら、楽しく観た。

『プロメテウス』……記事参照>>http://d.hatena.ne.jp/MasakiTSU/20120919/1348065629

『チョコレート・バトラー THE KICK』……プラッチャヤー・ピンゲーオ監督。“ジージャー”ことヤーニン・ウィサミタナン助演のアクション・コメディ。脚本の整理不足が否めないというか、主要登場人物(かつアクションの見せ場がある)が多過ぎ。アクション・シーンの基本構造は、まず1アクションあっては次のキャラクターのアクションに行き、さらに次のキャラクターへ……といったふうにたらい回しになっており、このためアクション・シーンが感情的に盛り上がらない。そのせいで「アクションは凄い」止まりに終わってしまっているが、非常に残念(ジージャーの動きのキレとしなやかさは流石といったところ)。あと、やっぱりピンゲーオ監督は音楽をもっとうまく使うことを考えたほうがいい。こちらもあまりにブツ切りで、まとまりや緩急に欠けている。あと、NGシーンにも字幕を入れるなどの配慮をしてほしかった。

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