『ホビット 思いがけない冒険』感想

ピーター・ジャクソン監督。J.R.R.トールキンの著した『指輪物語』の60年前の中つ国を舞台にした児童書『ホビットの冒険』を、再び3部作として映画化したファンタジー大作第1作。魔法使いのガンダルフに協力を求められ、13人のドワーフたちと共に、恐るべきドラゴン“スマウグ”に奪われたドワーフの王国を奪還する危険な旅に加わったホビット族のビルボ・バギンズが辿る壮大な冒険を描く。


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3週間ばかり前に映画館にて鑑賞したのだけど、なかなか書く時間がなく、延び延びになってしまった。まず、映画とは無関係なところで本作が──あくまで僕にとって──印象的だったのは、300人くらいのシアターで観客が僕ひとりだったこと。個人史としては『崖の上のポニョ』、『くまのプーさん』に続く貸切状態となった(次点は『カールじいさんの空飛ぶ家』の2人……あっ! 頭身の低い映画ばっかりだ!)。ただっ広い映画館のど真ん中で、ポツネンとハリウッド超大作にして外れるはずがなかろう映画をひとり観ることになろうとは、まったく予想だにしていなかった。思うに、その日『ホビット』を僕に売ったのが最初で最後だったのだろうと予想されるチケット売りのお嬢さんから向けられた、「『ホビット』ですねッ!?」と弾けた笑顔もまた、終生記憶に留まるであろう。

さて、今作は2001年から3年間立て続けに公開された『ロード・オブ・ザ・リング』サーガの前日譚にあたる新3部作の第1作である。ギレルモ・デル・トロがもともと監督予定だったのが、すったもんだあって降板したのち、前シリーズを監督したピーター・ジャクソンがメガホンを撮ることとなった。というわけで、シリーズとしてのルックのまとまりは、最終的に一筋にまとまったのかな、という印象を上映中ひしひしと感じていた。フェティッシュこだわりぬかれたデザインや、ロングからキャラクターを軸にグーッとひと回りする例のカメラワークの多用、あと長尺……というジャクソン節満載の1本である。

とくに、サービス過剰とも思われる次々に見せ付けられるアクション・シーンの連続は、劇中の台詞にあるとおり「一難去ってまた一難」的サスペンスの大盤振る舞い。それもあってか今回、旅の仲間たちはとにかく走りまくっていた。横移動のひたすら多いこの描写は、前シリーズにおいて端折られた*1、中つ国という世界の拡がりを追補する意味合いがあったのだろう。本作前半の道筋は、ホビット庄(シャイア)から裂け谷という、『旅の仲間』前半の道筋とほぼ同じであり、『旅の仲間』で背景に一瞬映っていた石化したトロルたちのエピソードが本作のひとつの見せ場となっていたり、裂け谷への詳しい道筋が描かれていることからも、そのように予想される。

本作の高いクオリティを支えるひとつの大きな支柱に、役者陣の健闘が数えられるだろう。前シリーズから引き続いてゴラムを演じたアンディ・サーキスの名演はもちろんのこと*2、若き日のビルボ・バギンズを演じたマーティン・フリーマンの演技の見事さ! 前シリーズ(本作にも少し登場)にてイアン・ホルムが演じた老ビルボの特性を見事に写し取り、違う役者が演じたという違和感をまったく感じさせないこの演技の質の高さは必見だ。フリーマンなしでは、本作のオープニングにある、現在から過去へという見事な繋ぎも活かしきれなかったことだろう。

ところで、前シリーズとはかなり印象を異にする部分も本作にはある。本作(『ホビット』シリーズ)で語られる危機とは、ドワーフの王国がドラゴンに占拠されたというもので、世界全体の命運を別つ戦争を描いた前シリーズと比べて、圧倒的に規模が小さく、冥王サウロンもまだ復活していない。そのためか、映画全体の雰囲気/画面がそこはかとなく明るいのである。その分、戦闘シーンにおけるブラックな暴力的ギャグが増えていたのには笑ったのだけど*3

とはいえ、このある種の規模の小ささは、前シリーズ以上に郷土への愛情という側面を強調する。ビルボとドワーフ──とくにリーダーであるトーリンとの対立は、そのキャラクター性(穏健/粗暴といった)以上に、郷土を持つ者/郷土を奪われた者の対立でもある。そういった対立がついに解消される本作のクライマックスはとても感動的だ*4

さて、前シリーズと同様に年イチでの公開が予定されている本シリーズ。本作では小出しにしかされなかったドラゴンがどう描写されるのか、今後どのようなアレンジを映画に加えてくるのか、などなど、次の2年が待ち遠しくてしかたがない。

*1:とはいえ、僕個人としては、後に発表された長尺版〈スペシャル・エクステンディッド・エディション〉よりも、尺としては短い劇場公開版のほうを好む。というのは、SEE版は映画化というよりも、映像化としての側面が強く匂いたつからだ。映画としてのカタルシスは劇場公開版のほうが圧倒的にあると思う。

*2:余談だが、沖浦啓之監督『ももへの手紙』に登場する妖怪3人組のひとり“マメ”はゴラムをイメージしているものと思われる。餓鬼を思わせる造型や、演じたのがゴラムの吹替え版を担当したチョー(長島雄一)であることからも明らかだ。

*3:中盤の対ゴブリン軍団戦がそういう意味では白眉。まぁ首が飛ぶわ飛ぶわ! このシーンのガンダルフは灰色どころか真っ黒だった。

*4:性質的あるいは規模的に徹底して対立する両者の対比とそれの越境/和解は、この神話世界において重要なファクターとしてたびたび描かれる。前シリーズにおいて何故「小さき者」であるフロドが選ばれたのか、エルフ族のレゴラスドワーフ族のギムリの友情、モルドールに決死の突撃をかけるアラゴルンが皆に言う言葉は何だったか、などを思い出そう。