『シュガー・ラッシュ』(日本語吹替え版2D)感想

リッチ・ムーア監督。ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオによる3Dアニメーション映画。とあるゲームセンターで30年ものあいだ親しまれてきたレトロゲーム『フィックス・イット・フェリックス』に登場する悪役ラルフ。彼はゲームのなかの住人からモノを壊すだけの「悪役」であるが故に煙たがられ、いつも孤独だった。そんな折、自分もヒーローと同じようにメダルを手にすれば誰からも認められるはずだと考えたラルフは、『フィックス・イット・フェリックス』の世界から飛び出し、やがて『シュガー・ラッシュ』というお菓子の国が舞台のレース・ゲームの世界に迷い込む。そこで出会ったのが、プログラムに欠陥があるという理由で皆から仲間外れにされている少女ヴァネロペだった。レースに出ることを夢見るヴァネロペに協力するラルフだったが、その世界では彼らの知らない陰謀が蠢いていた……。


    ○


〈脚注などで多少ネタバレあります〉


結論からいうと、とっても素晴らしい! 面白かった! ディズニーの長としてジョン・ラセター(本作では、製作総指揮としてクレジット)が登板してから後の作品のなかで、僕は本作が一番好きな映画となった。

本作の世界観はゲーム版『トイ・ストーリー』といった感じで、ゲーム・センターの営業が終わると様々なゲーム・キャラクターたちが皆それぞれに夜を過ごす様子が描かれる。ここではゲーム・センター内のゲーム機たちを1個の大きな街として捉えられている。ゲーム機が接続されているタコ足コンセントがセントラル・ステーションで、それを中心に電源のケーブル(=電車)をとおして、さまざまなゲーム内のキャラクターが行き来し、一堂に会する様子が描かれる。すでに予告編でも流れているように、『ストリート・ファイターⅡ』や『ソニック』、『パックマン』といったキャラクターがそのまま出演しており、ゲーマーの方はもちろん、'90年代にちょっとばかりゲームで遊んだことがある僕のような人間にとっても、非常に楽しい画作りになっている*1


     ○


本作の主人公ラルフや、彼が悪役として登場する『フィックス・イット・フェリックス』の元ネタは『ドンキーコング』(“スーパー”じゃないよ)だし、ヒロインである少女ヴァネロペ*2が住まう『シュガー・ラッシュ』は、監督もインタビューで言うように『マリオカート』だ。他に、もうひとつの大きな映画オリジナルのゲームとして『ヒーローズ・デューティ』が登場する。これはタイトルからも想像がつくように『コール・オブ・デューティ』や『HALO』といった最新のFPSゲームが元ネタとなっているのだろう*3 *4

これら映画オリジナルの劇中ゲームの世界観の構築と、その描き分けもよくできている。たとえば、8bitゲーム機である『フィックス・イット・フェリックス』では全体的にカクカクしたデザインと動きなのに対して*5、最新のゲーム機である『ヒーローズ・デューティ』では、キャラクターのCGも精緻にデザインされ、ラルフいわく「暴力的」であり、A.I.すら搭載している*6。'90年代に発売されたとされる『シュガー・ラッシュ』は、まだCG描画の先駆けの時代だったことが想像されるような、色彩が鮮やかで可愛らしいSDキャラクターが活躍する世界としてデザインされている*7。このように、見た目も、質感も、手触りさえも違うようなそれぞれのゲームの性格を、見事なデザインと動きや演出の差によって描ききっていて驚きであり、この映画が観ているだけでも面白く見える重要なファクターである。


     ○


もちろん本作の面白さは、そういったパロディやオマージュ精神だけではない(むしろそちらはオマケである)。ディズニー映画らしく、その物語運びの手際のよさもまた一級品だ。

先に書いたような、説明文にするとどうしても回りくどくなってしまう本作の世界観の設定や、ラルフの現状などを、オープニングの互助会での語らいの場面から滑らかに判りやすく観客に伝えてゆく手腕は見事だ。また、「なぜヴァネロペは『シュガー・ラッシュ』のレースに参加できないのか?」という問題設定と、「“ターボ”する」という慣用句の謎などのマクガフィンを伏線として配するなど、観客の興味の持続をきちんと保っており、観ていて飽きない。そこに、それぞれのゲーム世界での魅力的なアクション・シーン──とくにクライマックスのレース・シーンの迫力は、『シュガー・ラッシュ』の甘く可愛らしいデザインからは想像もできないような一級品だ*8──を散りばめてくれるのだから最高である。



そこに、ラルフやヴァネロペといった魅力的なキャラクターを置いて、この映画が描くのは、どこに自分の役割を見出すのか、というテーマだろう。ラルフもヴァネロペも境遇こそ違えど、ふたりは誰かに認められることを望んでいる。そしてふたりともその願いを、外面的──もっと言えば社会的な──な要素が満たしてくれると考えている。ラルフが欲したヒーローに与えられるメダルや、ヴァネロペが渇望するレースでの優勝は、地位や財力、権力といった社会的パワーの象徴だ。ふたりにとって社会的パワーの獲得は、すなわち自身の被承認欲求を満たしてアイデンティティを同定してくれるものであり、同時にふたりがもともと持っている特性──ラルフの「モノを壊す」ための怪力、ヴァネロペのバグゆえの「突発的瞬間移動」──は、それを邪魔立てするものとして当初は描かれている。

しかし本作は、「本当のヒーローとはなにか」「正義とはなにか」という問いの中から、別の可能性を見出してゆく。ラルフやヴァネロペが、自身には欠点にしか映らなかった自らの特性を、反対に最大限に活かしつつ障害を乗り越えて問題を解決し、最終的に到達するひとつの解答は、その道程も含めてとても感動的だ。ラスト・シーンで語られるラルフのモノローグと、そこに映されるちょっとした切り替えし映像は最高にロマンチックであり、心揺さぶられる。



無論、こまごまとした粗がないわけではないのだが、しかし、いま現在、全国区で公開されている映画の中ではピカイチに門戸が広くなおかつ面白い一級のエンタテインメント作品のひとつであることに間違いはないだろう。ぜひ彼らの活躍をスクリーンで確認されたい。


     ※


同時上映の短篇『紙ひこうき』については、以前youtube公開されていたとき、こちらにちょこっと書きました。>>http://d.hatena.ne.jp/MasakiTSU/20130215/1360883890


     ※


◆続編シュガー・ラッシュ: オンライン』の感想(「2018 10-12月感想(短)まとめ」内) >>記事はこちら


     ※

*1:スタッフ・ロールも必見なので席を立たないでいただきたい。懐かしさに涙チョチョ切れます。

*2:捻くれ者で小生意気な少女として登場するヴァネロペが、やがてこれでもかというくらいに魅力的に映ってくる演出の的確さが素晴らしかった。また吹替えを担当した諸星すみれ(弱冠13歳!)の演技の堂々たるや、見事というほかない。

*3:このゲームの敵キャラクターである「サイ・バグ」と呼ばれるモンスターもまた、クライマックスにおいて重要な役割を果たすことになる。

*4:また、あのビーコンの設定はおそらく、かつてアーケード・ゲーム内での冒険を描いたディズニーの実写映画『トロン』(スティーブン・リズバーガー監督、1982)が元ネタではないかと思われる。

*5:飛び散ったケーキもドット画っぽく映される。

*6:フェリックスが後に惹かれあうこのゲームのヒロイン/カルホーン軍曹に対して言った「こんな解像度の高い顔は見たことがない」という台詞が最高。

*7:このお菓子の国のデザインが色彩設計がすごい。あれだけカラフルなのにちっとも目にうるさくない。ヴァネロペをはじめとするキャラクターも様々なお菓子の色を基調にデザインされているように見受けられる(ヴァネロペはミント味のアイスを思わせる)。

*8:レースのコースの一部──直線のワイプを横切るように玉(ガムかな)が転がっている箇所──は、ディズニーの名アニメーターであるドン・ブルースが参加したLDゲーム『ドラゴンズレア』の1ステージを思わせる。