『LIFE!』感想

ベン・スティラー監督・主演。ジェームズ・サーバーの短編を基にした『虹を掴む男』(ノーマン・Z・マクロード監督、1947)のリメイク作。伝統ある『LIFE』誌で写真管理の地味な仕事に就いている平凡な男ウォルター。単調な日常を送る彼の唯一の趣味は空想すること。現実世界では秘かに想いを寄せる同僚のシェリルに話しかけることさえままならないが、空想の世界ではどんな危険にも怯まない勇敢なヒーローとなって大活躍できた。そんな折、雑誌の廃刊が決まり、なお悪いことに最終号を飾るはずだった写真のネガが行方不明になってしまう。追い詰められたウォルターは、世界中を冒険している写真家ショーンにネガのありかを直接聞き出すために、飛行機に飛び乗った……。


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ベン・スティラー演じる主人公ウォルターの人物像に非常に共感できた1本だった。彼の言動にしても、佇まいにしても、「ああ、わかる!」と思わず感じさせられてばかりだった。はっきりいって他人とは思えない。

冒頭に描かれる、婚活サイト“イー・ハーモニー”でのウォルターの奮闘からして素晴らしい。ひそかに思いを寄せるシェリルのページの「いいね」ボタンをクリックするかどうかを延々と逡巡した挙句、なけなしの勇気をようやっと絞りだして、なんとか実行にうつせたと思ったらページ・エラーでうまくいかなかった……というウォルターの七転八倒ぶりは、観ていて「いっそ殺してくれ!」と叫ばんばかりの臨場感といおうか妙なスリルがあって、そのシークェンスが終わってホッと胸をなでおろしたくらい。

また、予告編でもフィーチャーされている彼の妄想癖。ウォルターは、いつでもどこでも様々なシチュエーションで彼自身が“ヒーロー”として活躍する妄想の世界へとダイブすることができる特技*1にも、大なり小なり身に覚えがあって楽しい。僕自身も恥ずかしながら、見上げた電線の向こうや町の風景のなかにゴジラガメラが闊歩する姿をよく“見かける”し、ウォルターがいやな上司に「髭が似合うのはダンブルドアだけだよ」と言い放つささやかな妄想が登場するが、その手の妄想もよくやる(笑)。


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ベン・スティラーがこれまで撮ってきた映画では、彼自身が優秀なコメディアンであることもあって、登場キャラクターをとにかく残酷なほどにまで突き放すことで、痛烈な皮肉と批評性をもった笑いを観客に提供してきたが、そのキャラクターと観客との距離感のバランス感覚はやはり健在だ。

ウォルターにはもうひとつ特技があって、それはスケートボード。そして彼は、少年時代にジュニア大会で優勝を勝ち取るほどの腕の持ち主だ。彼のテクニックが最大限に活かされるアイスランドの滑走シーンの爽快感もまた素晴らしいが、僕がそれよりも好きだったのは、それより前に登場する、彼がシェリルの息子にスケボーを教えてあげるシーンだ。このシーンは前述のアイスランドのシーンの前振りとして、ウォルターの腕前がいまでもなまっていないことを示すシーンなのだが、ここのカメラの捉え方が本当に素晴らしい。

このシーンは、シェリルが離婚した夫と携帯電話でやりあっているあいだにあった一幕として登場するが、カメラがメインに捉えるのはウォルターの姿ではなく、シェリルのほうなのだ。ウォルターが彼女の息子にスケボーを指南している姿は、シェリルの背景に追いやられ、あまつさえピンボケしている。そしてシェリルは、ウォルターの一面に気づかない。それがどんなに素晴らしいことであっても、主観がひとつ違えば、途端に一瞥すらもらえない背景になってしまうことを、何気ないシーンのなかでさりげなく、しかし冷静に切り取ってみせた手腕には脱帽した。


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また、前述の妄想にしても、ウォルターと観客にとってその瞬間はとても楽しかったり、ドラマチックだったり、感動的だったりするのだが、それが終わったときには大なり小なりのしっぺ返しが待っている。自転車で長距離を走るウォルターを励ますように、鳥の群れが空中でシェリルの微笑みを形作っているのに見とれるあまり、彼は自転車から放り出されるはめになるし、そもそも彼がなにかと困った事態に陥るのは、彼がそのとき妄想に逃避し、のめりこんでしまっているからだ。

その一点については、はっきりいってダメ男なウォルターだが、それでもなお本作は彼に──そしてわれわれ観客に──ささやかだが力強いメッセージを贈ってくれる。なにかを真摯に続けていれば、それをわかってくれる誰かはきっといるはずだ──と。本作で文字どおりラストを飾る1枚の写真は、そのことをウォルターにそっと囁くかのようだ。

ことほど左様に、とくに映画やフィクションを愛していたり、なにか打ち込める趣味をお持ちの方々にとっては、ウォルターに大なり小なり共感を覚えるポイントが見つかるはずだ。細かいことをいえば、多少脚本が荒削りなんじゃないかとか思わなくはないが、しかし、この他人とは思えないウォルターの姿をとおして描かれる、彼の冒険とたどり着く結末は、涙なくしては観られない。生涯をとおして、心に残り続ける傑作だ。

*1:のび太の特技“昼寝”に匹敵する素晴らしい特技だ。