『ルパン三世』感想

北村龍平監督。モンキー・パンチの国民的人気漫画を、ルパン三世小栗旬次元大介玉山鉄二石川五ェ門綾野剛峰不二子黒木メイサ、銭形警部に浅野忠信というキャストに加え、ジェリー・イェンやニック・テイトなど外国人キャストも多く起用した無国籍感溢れるアクション大作として実写映画化。

世界でも指折りの大富豪ドーソンの裏の顔は、世界盗賊連盟組織「ザ・ワークス」のリーダーである。しかし、すでに年老いた彼は組織を次の世代に託すための会合を、香港にある彼の大邸宅で開催したのだった。その夜、ドーソンの呼びかけに集った世界トップクラスの泥棒たち。そのなかにはルパン三世峰不二子の姿もあった。和やかに進む会合だったが、とつぜん若手メンバーのひとりで有望株だったマイケルが、傭兵を伴ってドーソン邸を襲撃。その騒ぎの果てにドーソンは凶弾に倒れ、マイケルは彼が所有していた世界でもっとも美しい宝玉“クリムゾン・ハート”を奪い去った。ルパンはドーソンの仇をとるべく、不二子や石川五ェ門、ドーソンのボディガードをしていた次元大介らと徒党を組み、“クリムゾン・ハート”奪還に乗り出すが、この事件には思いもかけない真実が隠されていた……。



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ここのところ、同じような前置きばかりが続いて恐縮だけれど、もちろん僕も、熱狂的とまではいわないまでも、『ルパン三世』という作品群のファンの端くれ*1であり、今回の実写映画化については、期待と不安の入り混じった表情でもって予告編なんかを眺めていた次第だ。

また、映画公開直前に、映画評論家・前田有一氏が本作を3点(100点満点中)と評価したレビューを更新した*2のを目にして、「それほどか!」とずいぶん身構えて──ハードルを下げまくって──劇場に出かけた。

結論からいえば、「3点ということはない。60点はあげたい」くらいには、良くも悪くも肩の力を抜いて楽しめる作品だった。つまり、そこそこ!



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ルパン三世を演じた小栗旬をはじめ、レギュラー陣を演じたキャストたちの容姿と演技が各々のキャラクターにピタリとハマッていたのと、原作漫画あるいはアニメのデザインに準じながらも漫画っぽく──ウソっぽく──ならない程度のバランスでまとめられた衣装デザインの秀逸さから、キャラクターの実写化という第1関門は突破されていたように思う。

また、日本のみならず東南アジア各国──タイ、香港、フィリピン、シンガポール──で大々的に行われたロケーション撮影の甲斐あって、『ルパン三世』が持っている魅力のひとつであるワールド・ワイド感、あるいは無国籍風の雰囲気が再現されていて楽しい。なによりも、日本人としては現実離れした風景のなかにルパン三世小栗旬らを置くことで、絶妙なリアリティ・ラインを確保しているのも、なかなか面白いところ。そういう意味では、ルパン最大のライバルであるマイケルを演じたジェリー・イェンらをはじめとした外国人キャストの起用*3も、本作の世界観づくりにひと役買っているのは間違いない*4。たとえるなら、『荒野の用心棒』(セルジオ・レオーネ監督、1964)をはじめとするマカロニ・ウエスタンや、『プロジェクトA』(1983)や『サンダーアーム/龍兄虎弟』(1986)など1980年代以降のジャッキー・チェン映画にあるような、猥雑な楽しさのある世界観とでもいおうか。日本人のみのキャスティング、日本国内のみでの撮影ではこうはいかなかっただろう。基本は、英語台詞で撮影された後に、全篇を日本語で吹替えるという作りもまた、それを増強するだろう*5

アクション・シーンも、シーンごとで出来高に極端に差があるのはどうかと思うし、カットを割り過ぎで空間把握がしづらいという難点はあるが、銃弾が数多く舞い、爆発も景気よく巻き起こるだけでなく、ルパンにも次元にも、五ェ門にも不二子にも銭形警部にもバリエーションに富んだ見せ場を用意してあったので、まあOKだろう。



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ただ、映画としての難点もある。まず、これは北村作品にままあることだが、映画のテンポが非常に単調なことだ。アクション・シーンも、普通の会話シーンも、ブリーフィング・シーンも、驚愕の事実が明かされる物語上のターニング・ポイントもなにもかも一事が万事、同じようなテンポとテンションで撮られ、編集されているので、ノペーッと抑揚のないまま映画が進む。これは、いささか愚鈍で退屈だ*6

このテンポの単調さをさらに強めるのが、いかなるシーンであっても、のべつまくなしに流れ続ける劇判(BGM)の存在だ。少なく見積もっても、上映時間の8割強は劇判が流れていると思われる*7布袋寅泰によるテーマ曲、アルド・シュラクによる劇判は、ギターやドラム、ハモンド・オルガンにブラス・セクションが軽やかにうなるフュージョン系の楽曲で、曲としてはたしかにかっこいいのだが、いささかメロディ・ラインが弱く変化に乏しいうえに、シーンに合っていないままに流れ続けることもしばしば。やはり、ここぞ、というところに力点を絞って音楽も鳴らすべきだっただろう。

しかも、本作の上映時間は2時間13分で、ジャンル映画としてはいささか長い。これは、先述の抑揚のない語り口によるのもさることながら、物語上ほぼ必要性のないシーンがけっこうあることにも起因する。たとえば、映画前半にある、ルパンと次元がギャングから奪った札束満載のずた袋を背負ってコミカルに逃げ回るシーン*8や、ルパンと不二子がダンスを踊りながら“アダルトな”駆け引きをするシーン、中盤に唐突に挿入される五ェ門が斬鉄剣で竹林をスパパンと切り倒す訓練シーン*9などといったシーンが、映画の展開をいたずらに遅らせているのは否めない。そういった不要なシーンを削り、編集と音楽に抑揚をつけ、上映時間を長くとも1時間40分以内に収めれば、よりビシッと引き締まった作品になったはずである。



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かように問題点もあるとはいえ、これ1本で終わらせるぬは惜しい出来。今後も何作か2〜3年に1本ペースで、スタッフを変えつつシリーズ化したものを観てみたい。というわけで、次回作に繋げるためにも、おおらかな気持ちで、ぜひとも劇場でご覧ください。

*1:よくファン内で論争になるとされる“『VS複製人間』(吉川惣司監督、1978)か『カリオストロの城』(宮崎駿監督、1979)か問題”には、「どっちも最高だよ!」と答えるスタンスというようなバランス。数年前のキャスト一部交代も「全然あり」と思ってはばからないくらいのものである。

*2:web「超映画批評」内「『ルパン三世』」(http://movie.maeda-y.com/movie/01896.htm)、2014年8月28日閲覧。

*3:韓国アクション映画の傑作『アジョシ』(イ・ジョンボム監督、2010)で、ウォンビンのライバルとなる寡黙な殺し屋を演じたタナーヨング・ウォンタクーンも傭兵軍団のボス・ロイヤルとして登場。彼の活躍をもっと見たかった。

*4:ただ、後半になっていきなり登場して、ルパンの仲間に加わる天才ハッカー・ヨゼフ(ジャエンプロム・オンラマイ)は、ピエール(キム・ジュン)と役柄が重複しておりキャラクターとして蛇足。たぶん『ダイ・ハード4.0』(レン・ワイズマン監督、2007)に登場した「スター・ウォーズ」オタク兼天才ハッカーワーロックみたいなことをしたかったのかしら、とか、ヨゼフが何の脈絡もなくアジトにいたことに対するルパンの「ていうか誰?」というギャグがやりたかったのかしら、はたまた大人の事情か──くらいにしか思えなかった。

*5:余談だが、ソフト化の際には音声特典として、アニメ版キャストによる吹替え版を収録しても面白いのではないかしら。

*6:このテンポ感は、“スタイリッシュ”なエンド・クレジットにも引き継がれている。

*7:そんなことが出来るのは、ジョン・ウィリアムズくらいだと思う。

*8:まぁ、もっともアニメ版っぽいイメージを楽しめる場面ではあるのだが……。

*9:ここから、ルパンと次元とがスカウトにやってくるシーンに繋げたほうがよかったのではないか。もとより、なぜ次元だけが、今回ルパンたちと初対面という設定だったのか疑問ではあるのだが……。▼五ェ門によってハラハラと切り倒される竹林。訪れる一瞬の静寂を破る銃声。空を斬る斬鉄剣。立て続けに鳴る銃声に併せて五ェ門が舞う。銃弾をかわしながら斬鉄剣を振るう五ェ門。やがて五ェ門が振りかぶると、そこには彼に突きつけられた次元の拳銃。しかし、それと同時に五ェ門は次元の首筋に斬鉄剣をあてがっていた。にらみ合う両者。次元がチラと足許を見ると、真っ二つに斬られた銃弾が転がっている。次元をにらむ五ェ門には不敵の笑みが浮かぶが、そこでツーッとその頬に一筋の血が流れる。ギリギリでかわし損ねた銃弾があったのだ。「こいつ、出来るな」と再びにらみ合うふたりに向かって、向こうからルパンが「それくらいにしときな、おふたりさん」と声をかけつつ暢気にやって来る。武器をしまう次元と五ェ門。「何用だ、ルパン」と問う五ェ門に「仕事だ」と答えるルパン──ここで、現状あるお堂での会話シーンに繋げる(その後の次元と五ェ門の一騎打ちはカット)ってのはどうかしらん。