TVアニメ『長門有希ちゃんの消失』感想

和田純一監督。すこし内気な少女・長門有希は、自らが部長を務める北高文芸部の存続に協力してくれた同級生の少年キョンに秘かに想いを寄せていた。親友の朝倉涼子や、ひとつ上の学年にいる書道部の朝比奈みくる鶴屋さん、そして他校の生徒ながら北高文芸部に入り浸る涼宮ハルヒ古泉一樹らに見守られ、不器用ながらもキョンとの距離を縮めてゆく長門だったが──アニメ化もされたライトノベル涼宮ハルヒの憂鬱』シリーズ(谷川流、2003-)を大胆にアレンジした公式スピンオフ漫画(ぷよ、2009-)のアニメ化。原作第4巻(アニメ版では劇場版)である『涼宮ハルヒの消失』で描かれた“もしも”の世界観をベースにしながら、長門たちキャラクターの誰もが突飛でない普通の高校生として登場するラブ・コメディ(全16話)。


     ○


オリジナルのTVアニメ版『涼宮ハルヒの憂鬱』シリーズ(2006 - 2009)および劇場版『涼宮ハルヒの消失』(2010)を先ごろ遅まきながら、はじめて観たところ*1、折りよくはじまったので観てみた。毎週リアルタイムにTVアニメを追ったのは実に10年ぶりである。

そんな個人的事情はともかくとして、本作は、いわく「リビルド」された──すなわち『涼宮ハルヒ』シリーズを原作としながらも、世界観はそのどれにも属さない独立した──作品という、初見さんにはたいへん説明の難しい(メンドくさい)立ち位置の作品である。

スピンオフというよりも、あえて『涼宮ハルヒ』の二次創作と呼ぶほうが多少わかりやすいだろうか。本作のOPテーマ「フレ降れミライ」が、オリジナルのアニメ第1期のEDテーマ「ハレ晴れユカイ」に歌詞、メロディ、編曲まで絶妙に似通っていることからしてそうだし、キャストはほぼ続投しながらも、制作スタジオやスタッフの変更*2、キャラクター・デザインなども諸々一新されたことで、本作のスピンオフ感というか二次創作感は、もはやコンセプトとして徹底されているのが興味深い。


     ○


前述のように、オリジナル・シリーズにあった特異な世界/キャラクター設定*3をいっさい持たない本作が描くのは、長門キョンたちのいまどき珍しいくらいに古典的で誠実感あふれるラブ・コメディ的学園生活と、キョン長門が抱いた恋愛感情の葛藤*4だ。オリジナル、とくに先のアニメ版が非常に高いクオリティのアニメ・シリーズであることは大いに認めつつも、正直そのハルヒ至上主義的世界観にノレなかった──そして『消失』の世界にこそ、ときめいた──身としては、本作の描く世界はたいへん好ましく、心地よく映る。

生き生きと、ときにもじもじと感情豊かに表情を変える長門有希はとても可愛らしくて魅力的だ。とくに、彼女が美味しそうにものを食べるシーンが多いのが良い。そのほか、彼女たちの穏やかで微笑ましいやりとりに、かつてのアニメ版よりも淡く控え目の色彩設計──映像の手触りでもっとも違うのはこれじゃないかしら──がよく似合う。1話1話それぞれのなかでテンポよく、同時にゆったりとした雰囲気を醸す緩急のついたの演出も素晴らしい。


     ○


ことほど左様に全体としてはよく出来たアニメ作品だと思いつつも、ないものねだりをするならば、本作の導入について苦言を呈したい。本作の第1話は、すでにキョンが文芸部に入部してしばらく経ったクリスマス直前から始まるが、これを観た当時は不勉強ながら原作漫画を読んでいなかったものだから、「もしや先のアニメ第1期がそうであったように、時系列シャッフルで放送するのか?」と勘違いしてしまった。もちろん、そんなことはなく、この開幕も原作漫画のとおりではある。

しかし本作は、前述のように成り立ちの構造が非常に複雑なうえに独立した作品であるのだから、アニメ化に際してドラマの起点となる長門キョンの出会いやキョンの文芸部入部までを、後に小出しにするのではなく第1話の時点で──せめて半パートくらいを用いて──時系列に沿って描いておくべきではなかったか。本作の、ドラマ的導入を省いて「萌え」ポイントに直行する手続きは、なるほどインスタントにメインの楽しみを享受できるものの、悪い意味で初見さんお断りの“二次創作”感を強調してはいないだろうか。

もちろん、多かれ少なかれ過去のシリーズに触れたことのある“わかっている”客層をメイン・ターゲットにしていることは重々承知している。けれど、今回改めて物語世界への導入手続きをきちんと踏めば、1個の独立した作品としての完成度をより高め、なんとなればまったくの新規視聴者の獲得にも幾ばくかの寄与があったと思うのだけど……*5


     ○


とかなんとか細かい文句もあるけれど、すっかり、そしてしっかり楽しませてもらったのはたしか。現在連載中の原作漫画のうち、今回のアニメ化で消費したのはおよそ半分であり、まだまだ彼女たちの物語は描ききれていない。第2期があるのではあれば、楽しみに待ちたい。

*1:そのときの感想はこちら>>拙ブログ「アニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』シリーズ 感想マラソン

*2:これまでの京都アニメーションではなく、サテライトが担当した。

*3:長門は宇宙人、朝比奈みくるは未来人、古泉一樹は謎の転校生、etc....。

*4:物語の重要なターニング・ポイントであり、とくに彼女の葛藤が最高潮に達する──ついでに、本作が原作のあるスピンオフ=リビルド作品であることの仕掛けを最大限に活かした──第13話Bパートでのじっくりとした演出が素晴らしい。

*5:全16話という、変則的ではあるが、1クールよりも多いボリュームなのだから、十分可能だったはずだ。さらに言えば、現状のストーリー構成だと、5人未満では廃部となるはずの文芸部が、なぜ長門と朝倉、キョンの3人しか部員がいないように見えるのに廃部を免れたことになっているのかが不鮮明──後にキョンの口添えによって、彼の男友達である谷口と国木田が名前だけ貸したことが推察される台詞が出てくるとはいえ──だし、第4話になって谷口と国木田がなんの説明もなく登場するのも、かつてのシリーズを知らなければ──知っていても──非常に唐突だ。