『ガールズ&パンツァー 劇場版』感想

水島努監督。学校教育は洋上の学園艦にて行なわれ、戦車を使った武道「戦車道」が華道や茶道とならび“大和撫子の嗜み”とされる架空の日本を舞台にしたテレビアニメ『ガールズ&パンツァー』(同監督、2012 - 2013)*1の完全新作劇場版。

戦車道の公式戦である戦車道全国高校生大会に見事優勝し、廃校の危機に瀕した母校“大洗女子学園”を救った西住みほたち戦車道チーム。ホームの大洗町では、優勝記念のエキシビジョンマッチが開催され、大洗女子学園と知波単学園の混成チームと聖グロリアーナ女学院プラウダ高校の混成チームによる試合が行われていた。

試合は参加者と観戦者たちが一丸となって大盛り上がりのうちに終幕し、大洗女子学園チームの面々は彼女たちの暮らす学園艦に舞い戻ってきた。しかし、艦のゲートは大量の「立ち入り禁止」の文字で固められていた。なんと、文科省によって約束されたはずの大洗女子学園存続が、あろうことか反故にされたというのだ。ふたたび学園存続の危機に陥れられた少女たちに、打つ手はあるのだろうか……。


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つい先日、ひょんなことから以前放送された本作のテレビ・シリーズ全話*2をはじめて一気に鑑賞する機会に恵まれたのと、僕の暮らしている地域ではようやく、これまたつい先日から公開が始まった*3ことも相まって、いそいそとおっとり刀で劇場に出かけたのでありました。

先に、テレビ・シリーズを観た感想を記しておくと、本シリーズはとにかく戦車による集団戦のスポーツ的面白さと、戦車を駆るメインから脇に至るまで様々にキャラクタライズされた女の子たちの可愛さを楽しむのに徹底的に特化したシリーズであって、なるほど、本シリーズにガルパンはいいぞと嘯く通称“ガルパンおじさん”と呼ばれる熱いファン層がいることも納得の作品だが、それと同時にある意味でむつかしく興味深い作品でもあるな、というのが第1印象だ。


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とにもかくにも「戦車道」と呼ばれる架空のスポーツとして展開される戦車バトルが面白い。2Dアニメに馴染むCGで形作られた戦車──第2次大戦中に活躍した実際の様々な戦車──たちが、画面狭しと縦横無尽に走りまわる戦車バトルは、画的なケレン味と戦術的なリアルさとが絶妙なバランスで展開され、観ていてたいへん盛り上がる。

また、本作のサウンド・デザインの素晴らしさが、これにさらに華を添えている。各車ごとに細かく設定されたエンジンや履帯(キャタピラ)の唸り、砲撃の揺らぎ、着弾の衝撃──これほど念密に構築された戦車のサウンド・デザインを、寡聞にして僕は日本の映像作品で聴いたことがない*4



そして、メインの5人組含め、多数*5登場する女の子たちが織り成すファンタジーとしてのユートピア的人間関係の安楽さ──言い換えれば、摩擦ほぼゼロ*6の絶妙な“ぬるま湯”的コミュニケーションの気持ちよさは、様々なタイプにキャラクタライズされた可愛らしい女の子たちの姿を安心して眺められる点では十二分に機能している。

それに、試合で争った多学園*7の女生徒たち含めて誰ひとり嫌いになる人物が生まれないという徹底振り*8、そして女の子たちの性格付けが戦車バトルの戦術にもきちんと活かされている点など、さすが『けいおん!』(山田尚子監督、2009)等でその手腕を見せ付けた吉田玲子の脚本が持つある種の凄まじさを物語っている。


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ただ、同時になんとなくノレない部分もあった。

だがそれは、たとえば本作の戦車の内部は特殊なカーボン加工がなされているので実弾がたとえ直撃しても横転衝突しても絶対に安全だとか、なんで中学校以上の高等教育は「学園艦」と呼ばれる巨大な船の上に築かれた都市でかつ洋上で行なわれているのかだとか、市街戦をやって近隣住居等に甚大な被害が及んでいるけど保障関係どうなってるんだ*9とかといった、SF設定的ずさんさにではない。そういったことは上述の本シリーズの魅力を最大限に描くためのファンタジー世界を作り上げるための薬味に過ぎないし、そんなことにイチイチ突っ込むのは野暮だというのはもちろんわかるし納得するところである。

そうではなくて、本作の決定的な問題点は、「戦車道は大和撫子の嗜み」であるとする、本シリーズの設定の根幹部分ではないか。というのも、ここには悪い意味でのジェンダーノスタルジアが滲み出ているようにも思われ、不快とまではいわずとも、きょう日どうしても違和感を感じてしまう*10。もちろん、僕がこういった、いわゆる“萌え”アニメの文脈に慣れ親しんでいないための誤解である可能性も十分に考えられるけれど、第1話を観たときには正直その違和感に「うっ」と思わされ、その後もそれは解消されることはなかった。

とはいいつつも、前述したような戦車バトルとキャラクターの面白さがもの凄く魅力に満ち満ちているのも事実であり、僕は本シリーズに対して非常にアンビバレントな印象を受けた。先に本シリーズを、ある意味でむつかしく興味深いと書いたのは、こういった理由からである。


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そんなわけで、ようやっと本作『劇場版』である。本作も、僕の印象そのものはテレビ・シリーズと同様、ノレる部分とそうでない部分が共存した映画だな、というのが第1印象だ。

正直、本編開始前に付されたテレビ・シリーズのおさらい動画*11は蛇足としか思えなかった*12し、知らないキャラクターが説明もなく「しれっ」と出てくるし*13、冒頭とクライマックスの戦車バトルの合間に挟まれるドラマ・パートは内容如何がというよりも端的に尺を取り過ぎ*14であり、全体のリズムを損なっていて鈍重な印象を否めない。


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ただ、やはりというか、もちろん当然というか──すでに多くの方が語っているように──本作で描かれる2回の戦車バトルのシーンは、それぞれたいへん素晴らしい。テレビ・シリーズでもあった演出だが、戦車の砲塔やコックピットなどにカメラを設置した体(てい)で映される主観映像は、本作では映像ギミックの細かさや尺の長さが大幅に増強されており、なおかつ劇場の大スクリーンで観るとその臨場感たるやすさまじかった*15。砲弾が画面手前にすっ飛んでくるようなカットなど、思わず身をかわそうとしてしまったほどだ。

また、富士裾野で展開されるクライマックスは、さすが「劇場版」というべき見事なものだった。これまでの試合では見られなかった数の戦車たちが織り成す追いつ追われつの集団戦を、原野に森林、廃墟となった遊園地など多彩なフィールドにおいて、丘の勾配やジェットコースターなど、立地の高低差を活かした“ありえそうでありえない”ケレン味たっぷりの戦術をこれでもかと展開してくれ、画的にとても胸躍る。同時に、それぞれのキャラクターに物語に沿った見せ場をきちんと用意しつつ試合を進めてくれるため、非常にエモーショナルでもあるのが楽しい。

そして、なんといっても音響設計がまた素晴らしい。映画館の立体音響によってさらに充実した戦車のサウンド・エフェクトが、まるで包み込むように全身を気持ちよく震わせてくれ*16、これだけでも劇場に足を運んだ甲斐があるというものだ。


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結局、僕が最初に抱いてしまった違和感を、本作が解消してくれることはなかったが、それでもなお、魅力的な戦車バトルと、テレビ・シリーズで親しんだキャラクターたちが総集合してくれる同窓会的嬉しさを十全に味あわせてくれたという意味において、ひとまずは観てよかったなと、僕は頭を縦にしみじみ振るのである。

というわけで、ガルパン7:3(個人比)くらいでいいぞ。


     ※

*1:通称「ガルパン」とも呼ばれて大きな人気を博した本シリーズは、舞台となった茨城県東茨城郡大洗町の町おこし等にも貢献して話題を呼んだ。

*2:12話および総集編2話。本編では省略された試合の顛末を描くOVAなども発売された。

*3:初公開は、2015年11月21日。

*4:本シリーズのセル版Blu-Rayには、音声が通常の2chステレオに低音トラック(サブ・ウーバー)を追加した2.1chサウンドで収録されているところからも、そのこだわりぶりが窺える。ところで、本シリーズではこの音声方式を、かつて1970年代に一時期──とくにディザスター映画に──使用された“センサラウンド”方式をもじって、“センシャラウンド”と呼ぶという。また、テレビ・シリーズから本作の劇中において、往年──とくに1960年代~1970年代にかけて──の戦車映画のパロディがそこかしこに登場するのも楽しいところだ。ことほど左様に、パロディ的なギャグのネタ元が奇妙に古めかしいのも、本シリーズの特徴だが、これは水島監督の趣味によるところが大きいのだろう(綾辻行人原作のテレビアニメ・シリーズ『Another』(同監督、2012)でも、作品の題材にあわせて、様々なホラー映画の名作のオマージュをみることができる)。

*5:本当に多い。正直、名前のわからないコのほうが多い。

*6:彼女たちが戦車道へと進むための、必要最低限のフックは用意されているが、それも至って簡略化/記号化されたものだ。

*7:学校によって、アメリカや英国など、それぞれのお国柄(=ステレオタイプ)を校風としているのが、戦術にも風刺にも活かされていて面白い。

*8:ご覧になれば、必ずやひとりかふたり、お気に入りのキャラクターができるだろう。ちなみに僕は、主人公チームのスペック解説担当(a.k.a.戦車オタク)の秋山優花里と、旧ソ連を模した校風であるプラウダ高校チームの小柄な隊長を支える寡黙な副隊長ノンナが、観ていてお気に入りのキャラになりました(←じつに不要なカミングアウト)。

*9:一応、それがあるらしいことは、サラリと住民の口から説明されるが。

*10:そういえば、この世界に「男子」の概念ってないよね。

*11:講座と題して、3頭身にデフォルメされた西住みほたちが、本シリーズのあらましを教えてくれる。

*12:むしろ、この内容なら本編に組み込んだほうが自然だったのではないだろうか。たとえば、その内容を茨城県のローカル・ニュース番組として放送されているという体で冒頭に組み込み、その流れで「本日はそれを記念して、大洗女子学園のホーム、大洗市街地にて親善試合が行なわれています」とアナウンスして繋げるというのは、どうかしらん。

*13:漫画版や小説版などの外伝部に出てくるのかもしれないが、不勉強ゆえにそこまでは手が廻らなかった。

*14:実際、戦車でコンビニに寄る描写など、内容的に若干被っている描写もある。

*15:この実機=実写ではまず不可能な、揺れもブレもしない流れるように滑らかな主観カメラ・ワークこそ、アニメーションならではの映像の面白さだ。

*16:心地よい騒音、とでもいおうか。この矛盾が、本作が徹底したファンタジーであることを、ある意味で物語っているともいえるのではないか、と嘯いてみる。