『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』(2D日本語字幕版)感想

ギャレス・エドワーズ監督。かつて帝国によって家族を奪われ、天涯孤独のアウトローとなっていたジン・アーソ。あるとき彼女は、いままさに完成しようとする帝国軍の究極兵器の設計に父ゲイレンが関わっていたことを、反乱軍将校キャシアン・アンドーから聞かされる。ジンはその真相を確かめるため、兵器の設計図を奪取するミッションに身を投じてゆくが……。


     ○


デス・スターの設計図を巡る名もなき戦士たちの攻防を描いた『スター・ウォーズ』シリーズの番外編である本作は、4割撮り直しとなるような制作のゴタゴタもあってか、全体としての完成度──とくに、キャラクターの描き込みにはかなり粗がある。ジンをはじめ、設定的には魅力いっぱいのパーティ*1が揃ってはいるものの、いささか動機付けがわかりづらい点は否めない。それに、完全に既存ファン向けに作られているので、初見さんにはオススメできないのはたしかだ。



しかし『スター・ウォーズ』の世界で、いわゆる戦争モノ──とくに独立愚連隊が活躍するような──的な画作りや話運びはとても新鮮だ。とくに、美しいビーチが拡がる惑星スカリフの帝国軍基地で展開される白兵戦の様子は、レーザーの世界観だのに機関銃やらロケット砲やらが登場して面白い。圧倒的な兵士の数と、巨大なAT-AT連体で進軍してくる帝国軍に、勝機のない戦いを挑んでいく独立愚連隊“ローグ・ワン”という構図は、ベタとはいえたいへん盛り上がる。

また、『スター・ウォーズ』シリーズにおけるクライマックスのお約束となった、数箇所で同時に展開される複数の戦闘もそれぞれ素晴らしい。前述の白兵戦に加え、ジンとキャシアン、K-2SOによる機密庫侵入作戦、スカリフ軌道上での空中戦が、本作では描かれる。白兵戦が横移動に展開されるなら、ジンらの侵入作戦は徹底して縦移動として描いて画的なメリハリをつけているし、敵味方入り乱れて飛び回る空中戦のスピード感と臨場感には息を呑んだ。そして、これらをクロスカットで畳み掛ける編集も見事だ*2


     ○


そして、本作の魅力はなによりも、限りなく『スター・ウォーズ』でありながら『スター・ウォーズ』になりきらない点だろう。

映画開幕から、それは徹底されている。これまたお約束であったオープニング・ロール(これまでのあらすじ)は排除され、場所を字幕でポンと出す演出を採用し、劇判を担当したマイケル・ジアッキノ*3によるメイン・テーマは、“あの”メロディになる1歩手前できびすを返す。

なぜなら、本作は歴史の教科書には決して載らない、名もなき人々の物語だからだ。シリーズ正伝を映すシネスコ画面の隅で誰にも知られることなく死んでゆく人々の物語だからだ。

たしかに粗の多い本作が、しかし否応なく胸を打つのは、フォースも持たず、スカイウォーカー家の血筋でもない極普通の人々でも、強大で圧倒的な絶望に立ち向かい、そして“希望”を次の手に託してゆくことができるという物語*4を、力強く描いているからではないだろうか*5

翻ってそれは、なにも持たざる僕らの物語でもあるのだ。


     ※


【追記】 2016.12.282016年12月27日、レイア・オーガナ姫を演じたキャリー・フィッシャー氏が亡くなりました。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。


     ※


【追記2】 2017.1.17
2回目を今度は吹替版で鑑賞。各所で指摘されるように、落ち着いて考えれば大小様々にツッコミは入れられるが、画の良さと情感の豊かさですっかり心つかまれてしまう。全篇に渡って──その舞台設定的な整合性*6を無視してでも──「上へ、上へ」と一生懸命に這い上がり、よじ登り、最後の最後でしみじみと下へ降りる姿を見たら、そりゃあ感涙ですよ。粗さも含めて、やはり大好きな作品だ。

フォースは我と共にあり、我はフォースと共にある……。

*1:宇宙最強の男、ドニー・イェンもいるよ! 思ったとおりパワーバランスが完全におかしなキャラクターだったけれど、それも仕方なし!

*2:編集は、『ロード・オブ・ザ・リング二つの塔』(ピータ・ジャクソン監督、2002)以降、ジャクソン作品で手腕を振るっているジャベス・オルセン

*3:ジアッキノのキャリアは、往年の映画音楽の復元をさせたいならこの人、みたいになっている。それはそれとして、そこはかとなく悲劇を予感させる本作のメインテーマは名曲。

*4:そして、もちろん、それが大なり小なり、歴史に繋がってゆく点もだ。

*5:デス・スターの設計データをかろうじて反乱軍に送信したジンとキャシアンが、やがて訪れる最期の光景を眺めながら喋る「ちゃんと届いたかな?」「誰かには届いてる」というやりとりは、その情景の哀しい美しさとも相まって、とても感動的だ。 ▼まあ、だからこそ、その後の展開は現行のようにエピローグ的に見せるのではなくて、ジンとキャシアンの大団円を終着としてクロスカットで編集したほうがよいのではないか、という不満はある。

*6:たとえば、なぜそんなところに梯子を作ったのか、など