2017年鑑賞映画 感想リスト/11-20

ラ・ラ・ランドデミアン・チャゼル監督、2016)……偶然の出会いと再会を果たした女優志望のミアと、ジャズ・ピアニストのセブ。お互いになかなか芽の出ない厳しい現実のなかで、ふたりはいつしか恋に落ち、互いを励ましながら夢に向かって奮闘するが──現代に蘇った本格的ミュージカル映画

主人公のふたりを演じたライアン・ゴズリングエマ・ストーンや、数多のパフォーマーたちのダンスと音楽、そしてシネマスコープいっぱいに拡がる総天然色が、マジックアワーが、暗く沈んだ影が、この上なく美しい。その大胆で微細な色彩で描かれる人生の甘く、そしてほろ苦い機微に涙する。人生はハリウッド黄金期のミュージカルのようにはいかないかもしれないが、しかしそれもまた人生だと、ラストの大団円で心のすく思いがした。


     ○


アサシン クリードジャスティン・カーゼル監督、2016)……人間の自由意思を支配できるという“エデンの果実”を巡り、“アサシン教団”と“テンプル騎士団”の長きに渡る暗闘に巻き込まれたカラム・リンチ。彼はテンプル騎士団の研究所にて、先祖の記憶をたどる仮想現実で中世スペインで行方知れずとなったエデンの果実を捜索するが──人気ゲームの映画化。

ゲームの実写映画化として久々の当たり作品といっていいだろう。近未来SFと中世スペインという両極端なデザインが同時に観られて実に楽しい。中世スペインのシーンではきちんとスペイン語(英語字幕)となるこだわりもすばらしい。ただ、殺陣とパスクールを活かしたアクションそのものはいいものの、カット割が短か過ぎるのが難点か。もっとじっくり観たかった。


     ○


アイアムアヒーロー佐藤信介監督、2016)……漫画家アシスタントとして最低な日々を送る35歳の鈴木英雄は、異形の姿に変貌した恋人に襲われかける。辛くも逃げ出した英雄は、街全体が異形の者によって変貌し大混乱をきたすさまを目の当たりにする──花沢健吾による同名漫画を実写映画化。

遅ればせながら観たが、もう、見事……というほかないよ。見事。アクション・シーンの面白さ、造型の生々しさ、そしてゾンビ映画としての見せ方など、これだけの質を全方位に保った映画は、このジャンルに限っても久しぶりじゃないかしら。とくに白眉は、前半のゾンビが街に溢れ出すシーンだろう。鬱屈とした日常から、最悪の非日常への転換と展開は何度でも観たくなるだろう。あえて不満をいうなら、主演の大泉洋が役にあまりにハマりすぎていて──もちろん、それはいいことだが──始終どこからともなく『水曜どうでしょう』名物のディレクター陣の笑い声が聞こえてくる気がしてならなかった点くらいだ。必見。


     ○


クリーピー 偽りの隣人』黒沢清監督、2016)……大学で犯罪心理学を教える元刑事の高倉。郊外の一軒家に引っ越し、妻・康子との穏やかな新生活をスタートさせるのだったが、隣人の西野の不可解な言動にやがて振り回されてゆく──前川裕のベストセラーを実写映画化。

引越し先の隣人がなんだかおかしい本作は、タイトルどおり心底気味が悪い。キャストの文字が格子に囚われたかのようなオープニング・クレジットからしてすでに恐ろしい。絶対的な他者として一切のコミュニケーションを拒絶するかのような香川照之のなんとも知れぬ演技の間、超然と移ろう照明、圧迫感のある画面──と、すべてが不穏。同時に『降霊 KOUREI』(同監督、1999)などに通ずる、夫婦についての映画なんですね。


     ○


『ライト/オフ』デヴィッド・F・サンドバーグ監督、2016)……母親との不和がもとで実家を飛び出し、ひとり暮らしをしていたレベッカは、怯える弟から「電気を消すと、なにかが来る」と悩みを打ち明けられる。その“なにか”の影は次第にレベッカたににも忍び寄ってくる──サンドバーグが2013年にネットに投稿した短編映画を長編化したホラー。

電気を消すと、さきほどまでなにもいなかった空間に影法師が立っているという画の見せ方──この画を1ショットで見せるというアイディアの勝利としかいいようがない。そこに影法師が見えるが、電気をつけるとやはりいないと思って再び電気を消すとそこには……という緩急も含めてとにかく怖い。実生活に影響がでてしまいそうである。本作が80分でよかった。これ以上続いていたら、恐怖で死んでた。まあ、もともとは本編の幕切れ直後に続いたはずの未使用エンドを含めて90分の計算だったのだろうけれど、あまりに蛇足感あふれるものだったので、バッサリ切って正解だったね。


     ○


『アナザー』ジョアン・スファール監督、2015)……引っ込み思案な社長秘書ダニーは、社長家族が旅行に出たのをいいことに社長の新車を勝手に拝借、南フランスに“はじめての海”を目指すドライブとしゃれ込んだ。しかし、行く先々で人々は彼女の姿を昨日見たという。困惑する彼女のもとに、謎の影が付きまとう──セバスチアン・ジャプリゾのミステリー『新車の中の女』を映画化。

邦題が邦題だけに、例の呪われた学級崩壊を連想してしまいがちだが、本作はそういう作品ではない。なんというのか、ヒッチコックの『サイコ』と『めまい』の冒頭30分をミックスして80分やったのちに、マカロニ・ウエスタンでラストを締め、『母なる証明』でサンドし、初期タランティーノ風味のケレンをまぶしたたような雰囲気の、なんとも奇妙な映画だった。


     ○


ひるね姫〜知らないワタシの物語〜』神山健治監督、2017)……東京オリンピック目前の2020年、夏の岡山県倉敷市。平凡な女子高生の森川ココネは、自動車修理を営む無口で無愛想な父親と暮らしをしていたが、あるとき父が警察に逮捕されてしまう。なんとか事態を解決しようとするうちに、ココネはその糸口が最近よくみるようになった不思議な夢にあることに気づく──劇場用オリジナル・アニメーション。

故郷である岡山の方言がそれなりに正確だったらいいなァ、くらいのぼんやりとした気持ちで観た本作だったが、いい意味で予告編の印象をことごとく覆してくれる痛快な作品だった。キャラクターの芝居やアクションの作画はどれもたいへん素晴らしいし、“夢と魔法の御伽噺”を今日的でかつ限りなく嘘くさくなく描くアイディアには──クライマックスですこし盛り過ぎて、喩えがうまく機能していない部分もなくはないが──脱帽した。あるいは、孫世代のクリエイターによる宮崎駿的なるもの──作品的、あるいはその創作姿勢──への総括と、これを刷新するであろう次世代への抱負のようにも思え、興味深い。


     ○


『ゴースト・イン・ザ・シェル』ルパート・サンダース監督、2017)……人々の電脳化や義体化が一般化した近未来。ネットを通じた電脳ハックによって、義体製造メーカー大手“ハンカ・ロボティクス”の要人が暗殺される事件が発生。公安9課に所属する“少佐”は事件の謎を追ううち、自身の失われた過去と向き合うことになるが──士郎正宗による漫画『攻殻機動隊』(1991)をハリウッドが実写化。

なんとなくテンションが低めの評判を聞いてそこはかとなく心配していたが、実際に観てみるとなるほど、そういう気持ちもわからないではない、といった感じ。ブロックバスター大作ゆえの弊害か、『攻殻』の魅力のひとつであろう、記憶の外部化による自他の境界が曖昧になるアイデンティティ・クライシスという、やや難解なSF的/哲学的ギミックが後退した感は否めない。

ただ一方で、作り手のモチベーションのひとつであろう、原作や劇場/テレビアニメ版などといった『攻殻』の「あのシーンが好き」「このアクションもやりたい」にはじまって、まるで1980年代から1990年代のSF映画的イメージを総ざらいして放り込んだかのようなゴッタ煮感は、非常に無邪気で憎めない。その天真爛漫なチョイ古SF映画の最新アップデート版として本作を観るなら、けっこう楽しめるのではないかしら。


     ○


夜は短し歩けよ乙女湯浅政明監督、2017)……お酒とオモチロイことに目がない「黒髪の乙女」と、そんな彼女に恋をしながら決定的な1歩を踏み出せない「先輩」は、それぞれの想いを胸に珍妙奇天烈な人々が跋扈する摩訶不思議な永い一夜へと繰り出すが──森見登美彦による同名小説を原作とした劇場用アニメーション。

同じく森見原作の『四畳半神話大系』をものの見事にテレビアニメ化(2010)*1したスタッフが再集結というだけあって、その完成度は推して知るべし、といったところ。森見節を過たず切り取った台詞と語りと御託と屁理屈に耳をあずけ、湯浅節の真骨頂ともいえる色鮮やかで変化自在なアニメーションによるイマジネーションの奔流を大画面から浴びて「あっぷあっぷ」しているだけでも、本作はたいへん楽しい1作だ。あと、個人的には「乙女」の赤い着るワンピースの裾の絶妙機微な作画にも注目したい。

4話連作(春夏秋冬)構成の原作を換骨奪胎して、よくぞ90分に纏め上げたと思われる脚本──映画版オリジナル要素も、茶目っ気と毒が効いていて素晴らしい──ではあるが、同時にすべての出来事を“一夜”にまとめたために奇妙な違和感がそこかしこに見受けられ、であるならば無理矢理に一夜にすることもなかったのではないかとも思われる。ただ、『四畳半〜』にもあった、エピローグ部分でのアニメーションならではの“映像的仕掛け”が本作でも形を変えて登場しており、これを観ると、なんとなく腑に落ちる……かも。なんにせよ、心躍る劇場版だったことに異論を挟むつもりは毛頭ない。なむなむ!


     ○


キングコング: 髑髏島の巨神』ジョーダン・ヴォート=ロバーツ監督、2017)……ベトナム戦争終結直後の1973年。特務研究機関モナークの一員であるランダ博士は、人工衛星ランドサットが発見した未知の島“髑髏島”への調査を決行。かつて英国特殊部隊に所属していた傭兵コンラッドや、ベトナムから帰還予定だったパッカード大佐率いる部隊らをメンバーとして、未開の島へ降り立つが──元祖怪獣映画の新たなリブート作品。

観ているあいだ、頭から終わりまでずっとニコニコしっぱなしになるような、楽しい楽しい映画。こんな作品は久しぶりだ。本作は、やがて合流する「モンスターバース」の前作である『GODZILLA ゴジラ』(ギャレス・エドワーズ監督、2014)*2の溜めに溜めまくる演出とは対照的に、とにかく各種怪獣バトルのつるべ打ちで、冒頭5分ですでに巨大なコングが登場するほどの大盤振る舞いだ。また、内容と同じように画面がパッと明るいのも嬉しい。

時代設定やビル・パクストン演じる傭兵コンラッドの名前からもわかるように、本作が怪獣映画と『地獄の黙示録』(フランシス・フォード・コッポラ監督、1979)を掛け合わせた点は画として非常にフレッシュだし、オリジナル版『キングコング』(メリアン・C・クーパー、アーネスト・B・シェードザック監督、1933)にあった様々なテーマ──コングの象徴性や、土人の描き方など──の刷新も図られている。いっぽうで、コングのアクションの端々にオリジナル版へのオマージュを見事に組み入れていたりと、にやりとする仕掛けも目白押しだ。強いて難点を挙げるなら、ラストに出てくるアイツがそんなにデカく見えなかった点くらいだ。

否が応にも今後の展開が期待される、素晴らしいリブートだった。

*1:僕の当時の感想>>拙ブログ「2011年に観た映画リスト+メモ その3(Last)

*2:公開当時の僕の感想>>拙ブログ「『GODZILLA ゴジラ』(2D字幕版)感想