2020 4月感想(短)まとめ

2020年4月に、ちょこまかとtwitterにて書いていた短い映画感想の備忘録(一部加筆修正)です。


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【劇 場】
第一次大戦の最中、罠とも知らず独軍めがけて明朝突撃しようとする連隊への攻撃中止命令を携えて戦場を走る2人の兵士を描いた『1917 命をかけた伝令』サム・メンデス監督、2019)は、全篇1カット(ふう)を限りなく完遂した見事な冒険映画だった。

まずはなんといっても、本作で第92回アカデミー賞撮影賞を受賞したロジャー・ディーキンスによる撮影が凄まじい。絶妙に白んだ曇り空と荒地と化した土地の色合いや、朝陽の昇る前の淡いのしっとりと薄明かり、ラストに拡がる楽園のように──皮肉にも──穏やかな田園風景など、その切り取り方の巧みさは折り紙つき *1。とくに後半、廃墟と化したドイツ占領下の町並みのなかを逃げ惑う主人公を捉えた一連の夜間シーンは、漆黒の闇のなかで輝くオレンジ色の炎と照明弾の閃光によって織り成される影のコントラストがなんとも知れぬモノトーンの情感を湛えていて、地獄のような風景とシチュエーションながら嘆息の出るほど美しい。画面に深く沈んだ闇を撮らせたら、やはりディーキンスは天才的な手腕を発揮する。

また、その撮影素材をVFX等も用いながら限りなく違和感なく1カットふうに繋いだリー・スミスの編集も見事。どちらかといえば──クリストファー・ノーラン作品などで見ることのできる──ショットとショットの積み重ねやカットバックの巧みさが印象的だっただけに、ある意味ではその真逆のようにさえ見える仕事をやりきったのは凄い。2時間1カットのなか、平板になることなく緩急に富んだリズムで物語を進行させており、決して飽きることはないだろう。そうそう、本作のカメラワークは客観だけれど、時間経過は主人公たちの主観、というつくりはクレバーだし興味深かった。

本作が描く「突撃攻撃中止命令の伝達」という物語は、メンデス監督の祖父が語って聞かせた逸話を元にしているとされるものの、すでに多くのところで指摘されているように、史実的にはおそらく正しくはないのだろう。実際には──『突撃』(スタンリー・キューブリック監督、1957)のなかで描かれたように──無謀な突撃命令によって多くの兵が命を落としている。本作が映すよりも、戦場はもっと凄惨な風景だったに違いない。つまり本作は、作り手たちが映画のなかでだけでも死にゆく兵士たちを救おうとした一種の寓話やファンタジーとして捉えるべき作品といえる。それは本作の語り口が──メンデスが前2作の007作品で採用したように──非常に神話的であり、なんとなれば主人公であるトム・ブレイクとウィリアム・スコフィールドのふたりは象徴的なイエスとその弟子として描かれている *2ことからも窺い知れる。神が預言者の口をとおして人々に救いの御心を伝えたように、英国軍司令部の指令を命がけで伝えることで1,600人もの兵士たちを救おうとするだろう。そして、だからこそ本作の画が美しくあるのだ。

ことほど左様に、撮影・編集の巧みさ、そして音響やトーマス・ニューマンによるスコアも魅力的な本作は、映画館で体験してこその作品であるのは間違いない。


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◆超巨大都市ワージーを拠点とする強力なギャングの後継者争いの鍵となる「ブラックボックス」を巡り、特別捜査官アショークらが立ち上がる『サーホー』(スジート監督、2019)は、たまらなく過剰に熱のこもったなにかを観た、といった感じの作品だった。

まあ見せ場に次ぐ見せ場のつるべ打ちが楽しい。冒頭、主人公を演じるプラバースが徒手空拳で『ザ・レイド』(ギャレス・エヴァンス監督、2011)よろしくヤクザたちが暮らすアパートへのカチコミをかける武道アクションに始まり、銃撃戦からカーチェイス──もちろんインド映画お約束のミュージカル・シーン *3も挟みつつ──、挙句の果てには空中戦(!)までに発展する本作のアクション・シーンの数々は、最近の「ワイルド・スピード」シリーズに「ミッション: インポッシブル」シリーズ、「MCU」といったアメコミ映画作品群などにみられるハリウッド大作アクションのエッセンスを貪欲に取り込み、かつそれを割らずに、なんなら荒唐無稽さをさらに増した特濃な味わいをガツンと醸しており、これらの画を実現させてしまう撮影スタッフとVFX技術、そして注ぎ込まれた熱とアイディアの豊富さには目眩すら覚える。本作を観ながら、いま自分は何本目の映画を観ているのだっけ、と思うこと必至である *4

このサービス精神のいきすぎた本作であるがゆえにか、シナリオもまたヒネりにヒネっており、いささかヒネりすぎて捻じ切れそうなのが弱点といえば弱点。とにかく本作は、劇中「○○だと思った? 残念、▼▼でしたーっ!」というツイストをこれでもかと──少なく見積もっても4、5回は──盛り込んでおり、不必要に物語が複雑化している点は否めない *5。そのせいか、情報開示の順序を逆ぶしたほうがサスペンスやインパクトに効果的ではないかと思われる編集もチョイチョイあってもったいないし、前述のような怒涛の特盛りアクションを精一杯楽しむためには、あるいはもうすこしシンプルな筋立てのほうがよかったのではないだろうか *6

ことほど左様に、よくも悪くも過剰に熱のこもった凄まじい作品だった。


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【コロナ禍の影響により映画館休館】


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*1:戦闘機がこちらに向かって突っ込んでくるシーンは、『北北西に進路を取れ』(アルフレッド・ヒッチコック監督、1959)を思い起こさせる。

*2:パンやワインの挿話、聖油や聖痕、文字どおりスコフィールドが眼を見開く展開など。

*3:世界各地の絶景/観光地の数々や、超現実的な光景が──いちおう前フリとして、ヒロインが趣味でスケッチブックに描いている絵が登場しており、その具現化として──バンバン出てくるのが楽しい。

*4:本作のタイトルが映されるタイミングも最高だ。

*5:オープニングで語られる本作の背景が、そもそも複雑。そういえば、拉致されてた大臣とその孫娘はどうなったのかしらん。

*6:余談だが、中盤にある欧州のホテルの一室でのアクション・シーンにおいて、『ターミネーター2』(ジェームズ・キャメロン監督、1991)の同一シーン(T-800とT-1000、ジョン・コナー少年がはじめて一堂に会するショッピングモールのバックヤードでの戦い)が延々リピートされているのには笑いました。