2020 8月感想(短)まとめ +α

2020年8月に、ちょこまかとtwitterにて書いていた短い映画感想の備忘録(一部加筆修正) プラス なんとなく書きそびれていた劇場鑑賞作品の超短評集です。


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【劇 場】
◆亡き父を1日だけ甦らせる魔法を完遂するために、隠された秘石を探す旅に出る兄弟の冒険を描いた『2分の1の魔法』(ダン・スキャンロン監督、2019)は、その果てに主人公イアンの見る光景に思いがけず感動させられた、冒険映画の快作だ。

本作の舞台は、中世ファンタジー的な魔法の世界が科学や技術の発展によって現代アメリカのような世界へと変化したものという一風変わったもので、その見せ方やデザインが面白い。冒頭に描かれる、魔法が道具にとって代わり、やがて電力の発展によって完全に廃れるまでの歴史変遷描写は手際よく、その直後にスタートする現代の日常へとスムースに導いてくれるだろう。

郊外の住宅地には巨大キノコをくりぬいて作られた建売住宅が立ち並び、その各々にはエアコンの室外機やテレビのアンテナが立ち、その1軒1軒に繋がれた電線の先にあるハイウェイに乗って見えてくるガラス張りの洗練された高層ビル群には尖塔や矢狭間といったヨーロッパ風の城郭にある意匠が残っていたりと、魔法の世界と現代の境界線上を突いたデザインは巧みだ。そんななかで、住民はスマホをいじって自動車を運転し、エアロビをやってメタリカを聴いたりしているのだ。かつての世界は、もはやオタクしか遊ばない『ダンジョンズ&ドラゴンズ』などを思わせるボードゲームで語られるのみ、というのも泣かせる。

本作の主人公イアンは、気弱でオドオドしていて、自らに自信を持てない少年だ。そんな彼が16歳の誕生日に亡き父から贈られた魔法の杖によって父を復活させるために、兄バーニーと探求の冒険に出かけるというのが本作のあらましだ。イアンの生後間もなくして父が亡くなったために父との記憶が一切ない、というのは、本作の脚本も手がけたスキャンロン監督自身のことだという。イアンが、残された何枚かの写真と、偶然カセットテープに録音されたすこしの肉声だけを手掛かりにして父へ思いを巡らせる描写もまた、監督自身の投影だ。このシーンの──たとえばスピルバーグ監督作に通じるような──絶妙な生々しさは、このためだったのだ。

そして、前述の冒頭において語られる歴史変遷シーンのなかでチラリと登場する「聖杯探求」ふうの旅を髣髴とさせる冒険の果てに、イアンが当初の目的を超えて到達するゴールと結論は、とても感動的だ。クライマックスにおいてイアンが立つ場所、そして彼の見聞きする光景の切り取り方など──ぜひ観てほしいので、詳細は控えるが──、ここまで思い切った見せ方をした作品も、寡聞にして少ないだろう。しかし、だからこそ感情をより激しく揺さぶられた。よく云われるように、結果ではなく過程そのものが旅が持つ真の価値ならば、本作はその本質を見事に継承しているといえるだろう。

その他、エルフや妖精、ケンタウルスなど様々な種族がごった煮で暮らしている様子はじつに『ズートピア』(リッチ・ムーア、バイロン・ハワード、ジャレド・ブッシュ監督、2016)以後といった感じで興味深いし、トゲや噴水といった伏線の張り方やギャグは最高だったし、いっぽうで本作の日本語吹替え版のローカライゼーションはピクサーにしては雑じゃないかしらん *1......などなど思うところ *2は色々あれど、素晴らしい作品だ。


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【なんとなく書きそびれていた劇場鑑賞作品の超短評(1-8月)

『永遠の門 ゴッホの見た未来』ジュリアン・シュナーベル監督、2018)は、ゴッホの孤独感のなかに潜む狂気というか、なんとも知れぬ迸りを体現したウィレム・デフォーの演技が見もの。全篇油絵によるアニメーション長編『ゴッホ 最期の手紙』(ドロタ・コビエラ、ヒュー・ウェルチマン監督、2017)と併せて観ると、それぞれがいい補助線となってくれる。


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バッドボーイズ フォー・ライフ』(アディル・エル・アルビ、ビラル・ファラー監督、2020)は、完結篇として楽しいけれど、アクション面ではちょっと物足りない部分もある。というか、やはり前2作のマイケル・ベイ節が──いい意味で──狂っていたんだなと痛感する。


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T-34 レジェンド・オブ・ウォー ダイナミック完全版』(アレクセイ・シドロフ監督、2019)は、戦車対戦車という戦略ゲーム的な面白さを極限まで高め、かつそれを見事で的確な演出と撮影、編集で魅せてくれるので、臨場感も没入感も抜群。VFXによって描かれたバレット・タイムによる戦車砲の着弾描写もそれを盛り上げるし、主人公対敵対者の一種の友愛すら感じさせるドラマも熱い。


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『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』片渕須直監督、2019)は、追加されたシーンや編集の若干の変更によって、オリジナル版(同監督、2016)と──とくに登場人物に対しての──印象がだいぶ異なり、より一層の深みが加わっている。それにしても、本作における “かつての” 日常が、オリジナル版公開時よりもさらに身近に感じられる昨今とは……?


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『バジュランギおじさんと、小さな迷子』カビール・カーン監督、2015)*3は、国交問題や宗教の違いなどといったインドとパキスタンの関係を、口のきけない迷子の少女と、彼女を保護することになる青年の目をとおして描き出し、その軋轢を超えるものをこそ希求する感動作。余談だが、ラストショットのVFXは地味に凄い。


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ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』(キャシー・ヤン監督、2019)は、物語のあらましやクライマックスにおけるジャッキー・チェンらの '80年代香港映画さながらのアクションからもわかるとおり、アメコミ(DC)×ガールズ・エンパワーメント×『五福星』(サモ・ハン・キンポー監督、1983)といった趣の快作。


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21世紀の資本(トマ・ピケティ、ジャスティン・ペンバートン監督、2019)は、現在の格差社会がいかにして形成されていったかを、同著者がコンパクトに判りやすくまとめあげたドキュメンタリー作品であり、とっかかりとしては最良の1本。まあ、ゲンナリしますよ。


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『ひまわり 50周年HDレストア版』ヴィットリオ・デ・シーカ監督、1970、2020)は、前半の呆れかえるほど陽性な恋愛描写と、そこから翻っての戦争末期から終戦後にかけての──これぞネオ・リアリズモ調ともいうべき──悲劇性との対比が凄まじい。同時に、当時実際にソ連ロケをして撮影されたモスクワはクレムリンの城壁や、ふいに田舎町の駅の向こうに映る火力発電所の冷却塔といった建築物の巨大さは圧巻 *4


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『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』グザヴィエ・ドラン監督、2018)は、惜しいかな、ドラン監督作としてもちょっと演出がチグハグだった感は否めない。もちろん、いまや飛ぶ鳥を落とし勢いの天才子役ジェイコブ・トレンブレイの演技は見ものだ。


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WAVES/ウェイブス』(トレイ・エドワード・シュルツ監督、2019)は、ある兄妹を主人公に、たとえばマチズモといった無意識に内面化されるような抑圧によって崩壊していく様子を描く前半と、それからの解放を描く後半という構成の妙と、画面の色彩設計の美しさが素晴らしい。それにしてもシュルツ監督は『イット・カムズ・アット・ナイト』(2017)もそうだったように、閉塞した人間関係におけるギスギスした感じを描くのが本当にうまい。


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エジソンズ・ゲーム』(アルフォンソ・ゴメス=レホン監督、2017)は、邦題からは少々判りづらいけれど、電力の供給方法を巡って直流送電派エジソンと交流送電派ウェスティングハウスが覇権を争った、いわゆる「電流戦争」を描く歴史もの。製作中、ハーヴェイ・ワインスタインに相当横槍を入れられたり(現在観られるのは、その後監督に編集権等が戻ったディデクターズ・カット版)と、かなりの困難に陥れられたという難産な作品だけあって、その苦々しい味わいが──演者たちの好演もあって──伝わってくるかのようだ。


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『ブリット=マリーの幸せなひとりだち』(ツバ・ノボトニー監督、2019)は、やがてブリット=マリーが気づいてゆく、日本にも通じるような男尊女卑感やジェンダー・ロールへの違和感や、そこかしこに見え隠れするネグレクトの問題などを、コメディ・タッチに演出しながらも、まざまざと描く。ゆえに、そこからの解放への第1歩を描くラストや、クライマックスのほんの些細な勝利が、代えがたい感動を呼ぶのだろう。


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『ブラック アンド ブルー』(デオン・テイラー監督、2019)は、もちろんエンタメ色は強めに設定されているものの、『セルピコ』(シドニー・ルメット監督、1972)を彷彿とさせる刑事サスペンス。マイノリティであるということだけで正義を保つことがどれほど困難か、それ以前に普通に生きてゆくことすら恐怖にさらされているのかをまざまざと体験できる。まったく他人事ではない。


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*1:イアンが手帳にメモる印字されたように綺麗な文字、あんなの稲川淳二じゃないと書けないよ!

*2:ところで、本作の中盤に登場する女性警官が同性愛者だからと、国によっては上映禁止や一部表現を変更してのローカライゼーションが実施されたという(悲しいかな、日本語吹替え版でもな!)。本作において、それが決して特別なことではなく、人種(=種族)の坩堝と同様にいたって普通のこととしてサラリと描かれるのだけれど、こういった何気ない描写は非常に重要だと思うので、これからも屈せずにどんどんやってほしいものだ。

*3:リバイバル上映を鑑賞。日本初公開は2019年1月18日。

*4:ひまわりは、原産は北米大陸というが、ロシアにて商業利用が確立されたため、ソ連ウクライナを象徴する花といわれる。