人の「色」が見える高校生トツ子が、ふいに学園内で美しい「青」を見かけた同級生きみ、そして偶然の出会いを経て優し気な「緑」を見出したルイとバンドを結成する『きみの色』(山田尚子監督、2024)は、そのヴィジュアルが示すとおりの、奥ゆかしく味わい深い1作だった *1。
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まずもって本作、とにもかくにも画面が1カットごとに美しい。やわらかな線で描かれる──ときに静かでなにげなく揺れる髪の毛、瞳の揺らぎ、身体の重心、ときにダイナミックで軽やかな、そして感情が臨界に達したときの躍動感に満ちたステップといった──アニメーションの巧みさ、画面に映った人物の状況や心境を見事に捉えるレイアウトの見事さももちろんのこと、なにより繊細としかいいようのない絶妙な淡さの色彩設計が素晴らしい *2。
ポスター・ヴィジュアルや予告編の映像を観てもわかるように、本作の色彩設計は──キャラクターの色指定にせよ、背景美術にせよ──極力コントラストを抑えたものだ。それでいて単に薄いというのではなく、きちんと人物や世界に厚みと奥行きを感じさせる空気感を醸しており、なんとも知れぬ実在感がフィルムに定着されている。それだけでも見事なのだけど、ときおりトツ子が人の「色」をハタと感じたときに見える色彩の絶妙なビビットさが、画的な緩急をグッと盛り上げてくれる。そして彼女が、きみの抱いた「素敵すぎた」心/情感を感じ取り、その美しく輝く「色」の爆発が彼女の目/スクリーンいっぱいに溢れるとき、われわれ観客もトツ子と一緒になって息を吞むことだろう。
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本作はいわゆる青春モノというジャンルに類されると思われるが、これにありがちな主人公たちがことさらに「青春を謳歌する」タイプの作品ではない。「高校生たちがバンドを結成する」物語と聞けば、たいていそういったイケてる雰囲気を想像してしまうが、本作における主人公たちのバンド結成という行為の発端は、じつは後ろ向きな感情によるものであるのが特徴的だ。
共感覚によって人の「色」を見てしまうトツ子は自身の感覚が他人には理解されないためにそこはかとない孤独感を抱え、そして同時に自分自身が「何色(=何者)なのか」を知れていないことに焦っている。そんな彼女が美しい「青」を見出したきみは、他人からの過大に評価されたイメージや、学校を勝手に退学したことを祖母に打ち明けられず悩み、「緑」に光るルイは母からの将来の期待から逃れるようにひとり廃教会に隠れて音楽を作っている。そんな3人が偶然に出会ってバンドを結成するのは、ある種それぞれが抱える悩みからの逃避行の結果なのだ。この3人の関係性はむしろ、たとえば『冒険者たち』(ロベール・アンリコ監督、1967)の三者三様に夢破れた主人公たちを思い起こさせる。
そんなトツ子、きみ、そしてルイの3人がバンド仲間となったことで生じた日常のちょっとした変化や感情の機微を、本作は前述のように淡く美しい色合いの画面世界のなかで大仰にではなく静謐に、説明的なセリフに頼らず小さなドラマを積み重ねながら描いてゆく。色調の絶妙な変化、キャラクターの身体あるいは瞳の細やかな動き、そして背景美術によって描出される季節の移ろいは、決定的とはいわないまでも、登場人物たちの1カット前までとは違った表情をさりげなく、しかし克明に描き出す。これらの微細な画面のニュアンスの変化に、描写の行間に込められた演出の豊潤さに驚くだろう。
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ところで、トツ子の通うミッションスクールや離島の廃教会など、キリシタンの歴史に厚い長崎を舞台にした本作において、3人がバンド仲間として音楽を作ったり合宿をして過ごした短い期間の出来事は、神や聖杯の探求──その精神──になぞらえられているのかもしれない。冒頭のトツ子のモノローグにもあるように、色とは物体に当たった光の反射の結果であるが、その色を生み出す光とはキリスト教絵画において「神」を示すイコンであるからだ。もちろん、本作は決して宗教映画ではないので、ここでいう神や聖杯とは、3人にとって自身のアイデンティティを同定してくれる指標(=色)のメタファーといった意味合いに捉えるべきだろう。ともかく、3人はそれぞれに、そんな「色≒光」を探しているのではなかったか *3。
しかし、本作において強調される「父」性の欠如や、一瞬映るニーチェ──「神は死んだ」──の書籍が象徴的なように、いわゆるビルドゥングス・ロマンが実在感を失いつつある現代では、人生を照らしてくれるシンプルなひと筋の「光」は、いよいよ捉えどころがあるまい(もちろん、それがあればよい、ということでもない)。ましてや青春を謳歌して大きく変化/成長するなんてことは、実感として希薄となったり、難しく感じる人も少なくないはずだ。
しかし、だからこそクライマックスでのライブ演奏や、その後に続く2、3のエピソードでの、三者三様のちょっとした変化が観る者の心を打つのだろう。どんなにすこしずつでも色は移ろいゆくし、あるいは塗り替えることもできる。社会や学校、あるいは家庭という同調圧力にあえぐ世界において本作は、まさしく「十人十色」の光が持つ美しさをささやかながらも力強く観客に照らしてくれるに違いない。
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ことほど左様に本作は、画面の淡いさ以上に──いや、ゆえに──豊潤な映画体験をさせてくれる1作だった。その他、ときおり現れるキャラクターの絶妙な表情の崩し方──藤子・F・不二雄もかくやに──は可愛らしかったし、実写映画を思わせる絶妙な撮影の感触も心地よいし、3人が共作する劇中歌のどれも名曲だったり、それはそれとしてルイ君のT-シャツにATARI マーク(上下反転)がっ……と、見どころに溢れた本作は、ぜひともスクリーンに反射した光が織りなす「色」を浴びに劇場に出かけたい1作だ。どってんアーメン。
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