◆2026年 6月 ひとこと超々短評集

2026年6月に、ときおり思い出したかのようにちょこまかとX/旧twitterにて書いていた短い短い短い映画感想の備忘録(一部加筆修正)です。それにしたって、NO WAR, NO KING and NO LIE。


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【劇 場】
◆12時05分になると邸宅に現れては徘徊する幽霊の謎に、霊媒師の愛里と美玖が挑む『Never After Dark/ネバーアフターダーク』(デイヴ・ボイル監督、2026)は、きちんとした画づくりの安定感と新鮮なルック、観客の予想をあれよあれよと上回ってゆくエンタテイメント性の高い物語の楽しさとがマッチした1作だ。


まずもって本作は、そのルックが特徴的。というのも、本作が物語内の時代設定と場所が巧妙にボヤカして抽象性を高い世界観を構築しているからだ。これは登場人物たちの衣装や髪型の設定や、小道具や装飾具の選択において特定の時代を想起させる機器類を排除していること、あるいは舞台となる邸宅が人里離れた山中にある比較的モダンな洋風な意匠をまとっていること、また舞台をそこに限定することなどで重層的に演出されている。

この、現在というのでもないが、かといって昔というのでもなく、なんとなく無国籍感すらも醸すような映画全体のルックによって、劇中における虚構性の高い設定を観客に呑み込みやすくさせるのと同時に、今後われわれが本作を観返す──あるいは、はじめて観る──としても古く臭さを感じさせない映像的な強度があって、非常に効果的でかつ新鮮な感触に満ちている。

そんな物語世界を映す撮影も見事。フィルム・グレインを効かせた画調で質感豊かな画面の構成は、奇をてらわずオーソドックスなカメラワークでスムースに観客を物語世界に誘ってくれ、そんななかで時折ポツネンと放り込まれる「なんか変」なショットも効果抜群(次々にドアを開ける腕を映すショット群や、「佐清」もかくやのアレとか)。また、画面を彩る照明効果も見事で、いま映っている人物の状況の変化を光の色合いひとつで言葉少なく語ってみせるショットの数々も印象的だ。

そして、こういう話かと思っていたら不意にそっちに行った挙句にそう落とすのか、というジャンルを軽やかに横断するような脚本も、こちらの予断を許さず楽しい。おそらく作り手たちは、これまでのホラー映画──とくにジェームズ・ワン監督の諸作品(『インシディアス』『死霊館』『マリグナント 狂暴な悪夢』など)──をよくよく研究していると見え、かといって単にパスティーシュに留まるのではなく新しいものを撮ろうという熱量が、スクリーンからひしひしと伝わってくるだろう。とくに中盤に登場する、愛里の「スルー」スキルが発動するシーンは、可笑しみもありつつも彼女が抱える心の闇が垣間見える印象深いものだったし、本作における諸悪の根源の正体も──少々入り組んではいるものの──なかなか面白い設定でかつ、ラストの三つ巴の画も面白い。


ことほど左様に本作は入念に、かつエンタメ性を十全に盛り込んで作り込まれた1作だった。本作は、プロデューサーと出演も務めた俳優・賀来賢人と監督デイヴ・ボイルが共同で立ち上げた制作会社「SANGAL181」の第1回長編作品ということだが、今後彼らがどんな作品をわれわれに届けてくれるのか、俄然楽しみになった。


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◆ついに人間界と魔界の行く末を決する武闘トーナメントが開会、かつてアクションスターで鳴らしたジョニー・ケイジが人間界側最後の闘士として招聘される『モータルコンバット/ネクストラウンド』(サイモン・マッコイド監督、2026)は、あいかわらず観客に格闘ゲームを体感させることに清々しいほど振り切った作品だった。


もちろん本作は、海外で大人気の格闘ゲーム『モータルコンバット』シリーズを再び実写映画化した前作(同監督、2021)の続篇であり、そこでは持ち越しになった大会がついに開催されるということで、いったいどれくらいの対戦を観させてくるのかと思いながら劇場に出かけたけれど、こちらの予想をはるかに超える試合数で驚いた。

本作は前述のジョニー・ケイジと、先立つ大会で魔界に敗れた王国エデニアの王女キタナというふたりのキャラクターを軸に物語が展開されるけれど、前作同様──あるいは、それ以上に──作中の設定や人物紹介、そしてドラマを可能な限りソリッドに削ぎ落としたものであり、そのセットアップもほぼ序盤で終了してしまう(ソニアがケイジに「修行してる暇ないから」と素っ気なく言い放つシーンは、あまりにあんまりなんで笑ってしまった)。その後、残る上映時間で観客が目にするのは、とにかくキャラクターたちの戦闘に次ぐ戦闘、雪崩を打っての戦闘だ。それぞれ個性的な特殊能力や獲物を用いて繰り広げられるキャラクターたちの戦闘はバラエティに富み、しかもそれらが実際の擬斗やスタントをメインとして構築され、そこにVFXが効果的に融合された映像も迫力満点。もちろん、これがあってこその残虐ゴア・ファイト「フェイタリティ」も忘れない。

そして本作のもうひとつの見どころは、キャラクターたちが死闘を演じる種々多様な背景──ステージ──の美術設計だろう。中世ヨーロッパ風のエデニアの町並み、山水画のような風景に立つ雷神ライデンの居住 *1、真っ青な異空間に浮かぶ寺院、煮えたぎる炎の河が無数に流れる洞窟に黒々と複雑怪奇にそそり立つゴシック建築が無気味な冥界など、本作から美術監督に起用された種田陽平の手による鮮やかに、かつ微細に作り込まれた異世界デザインが持つヴィジュアルの説得力は凄まじく圧巻である。


ことほど左様に本作は──前作がチュートリアルなら──われわれがコントローラを握ってはキャラ選択をしてステージを選択して闘って、それが終わればまた次々にその組み合わせを変えてのゲームプレイを大スクリーンでテンポよく体感することに特化した1作だ。映像的な強度でいえば、あるいはゲーム以上に没入感があるかもしれない。

もちろん、そうであるがゆえに物語運びに若干の不満点がないでもない。たとえば、魔界の支配下にあるエデニア国の惨状を描く具体的な画──それをケイジやキタナが垣間見る *2とか──は欲しいなと思うし、ケイジが自身の力に覚醒するトリガーが「役を演じること」という納得できるようなできないような「よくわかんないけど、なんかわかった!」止まりなのは惜しいな *3と思うし、ついにキタナと魔界の皇帝シャオ・カーンとの因縁の闘いの顛末が描かれるクライマックスにおける「夜明け」はもうすこし早くしたほうが物語的にも情緒的にも説得力が増さないかしらん *4と思う。


とはいえ、こんなことは詮無きこと。ムービーの多いアクションゲームは敬遠されるし、『ザ・スーパーマリオギャラクシー・ムービー』(アーロン・ホーバス、マイケル・ジェレニック監督、2026)と本作を併せて観たとき、あるいはゲームの映画化において新しい映画文法が出来上がりつつあるのかもしれない。もし、それぞれシリーズ3作目があるなら、それがどのような進化を経るのかを待つのも、また一興だろう。

その他、劇中劇としてちょっとだけ登場した架空のジョニー・ケイジ主演映画は楽しそうなので観てみたかったり、そこかしこに散りばめられた映画ジョークにはまんまと笑ってしまったり、ケイジがサングラスを直す指の動きに「クイッ」というSEをいちいち被せるこだわりはなんなんだ(好きョ)と思ったりしたけれど、そういった具合で、本作もまた劇場で観たい、もといニッコニコでプレイしたい作品だ。それでは皆さん御一緒に、モォタルコンバーッ! ヘ(゚∀゚*)ノ ホエホエ!


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◆ジャクソン家の5男マイケルが、ジャクソン5に加入し、やがてソロとして独立してゆく『Michael/マイケル』(アントワーン・フークア監督、2026)は、なるほどそういうアプローチで来たか、といった具合の1作だった。


本作におけるいくつかの──シーンによっては矢継ぎ早に展開される──歌唱/MV再現シーンの出来は非常に高く、とくにマイケルを演じたジャファー・ジャクソン(青年期)とジュリアーノ・クルー・ヴァルディ(少年期)のふたりによるパフォーマンスは圧巻で、マイケル・ジャクソンの楽曲を映画館の音響で聴くという体験も相まって、じつに見応えがある。

もちろん、そのぶん本作における展開の緩急は若干淡白となっており、映画的なリズムとしては破綻している嫌いがないでもない。しかし要所要所で差し挟まれる物語の転換点を、数多ある出来事のなかから、とくにマイケルと父ジョゼフとの関係性──永年、マイケルのボディガードだったビル・ブレイの眼差しも含めて──に絞ったのは、制作段階における諸々の急な変更などあったにせよ *5、クレバーな判断であろう。本作がなぜ『Bad』で終わるのか、なぜタイトル──また、クレジットの役名表記──が「マイケル」なのか、よりストンと腑に落ちる構成だ。


その他、できれば歌詞に字幕があったらよかったな──皆さんご存知ゆえか、映像を見せることを優先したためか、それとも著作権料的な問題ゆえなのか皆無だった──とか、キーリン・ダレル・ジョーンズの佇まいがすごくよかったなァとか、「そんなもの飼ってたの!?」という伝記的なビジュアルショックもあったりなどしたけれど、伝説の始まりをぜひスクリーンで体感したい1作だ。


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◆暴君スケルターの侵略によって故郷の星エターニアを追われた王子アダムが、やがて仲間と共に立ち上がる『マスターズ・オブ・ユニバース』(トラヴィス・ナイト監督、2026)は、ほんとに原作が愛されているのだなと思わされる良作だった。

本作は、1980年代にマテル社から発売されたフィギュア玩具シリーズと一連の膨大なメディアミックス──テレビアニメ、コミック、そしてドルフ・ラングレン主演の実写映画版『マスターズ/超空の覇者』(ゲイリー・ゴダード監督、1987)など──を原作とする再実写化作品。さすがストップモーション・アニメのライカ・スタジオ出身のトラヴィス・ナイト監督作品だけあって、1ショットごとに抜かりなく設計された画面レイアウトがいちいち素晴らしく、それによって構築されたシーンの映画的な説得力の高さは抜きん出ている。また、作り手たちの半端ない原作愛と、それを余すところなく伝えるべく大真面目に、そしてじつに楽しそうに本作を撮っていることがスクリーンからひしひしと伝わってきて、観ているこちらも思わず笑顔になってしまった。

もちろん、ちょっと小ネタや透かしギャグを詰め込み過ぎて長尺になった感は否めないし、クライマックスにて語られるアダムが英雄たる所以は──前半部分でその描写があまりに不十分 *6なので──首を傾げざるを得なかったりするけれども、ラストで奏でられるアニメOP「ヒーマンのテーマ」の壮大なアレンジを聞いていると、「まぁ、たまにはこういうのもええか」という晴れやかな気持ちになったのでした。By the Power of Grayskullヽ(`Д´)ノ! *7


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◆宇宙に家出して酒浸りの生活を送るカーラが、極悪 “ブリガンズ” の頭クレムに両親を殺された少女ルーシーと出会う『スーパーガール』(クレイグ・ギレスピー監督、2026)は、スーパーマンとはひと味違ったヒーロー像が際立った1作だった。


惑星クリプトンの崩壊によって故郷と両親を失ったトラウマと地球で暮らすことへの孤独感から、宇宙に逃れては酒に溺れ、愛犬クリプトともに自堕落にやさぐれまくった生活を送っているカーラ/スーパーガールというキャラクター造型が新鮮。そんな彼女が、殺された父の復讐を誓った少女ルーシーに半ば巻き込まれるように賊を追跡することになるという物語は『勇気ある追跡』(ヘンリー・ハサウェイ監督、1969)ないし、そのリメイク『トゥルー・グリット』(ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン監督、2010)──あるいは復讐の連鎖を断つという意味では『許されざる者』(1993)や『グラン・トリノ』(2008)といったクリント・イーストウッドの諸作品──を彷彿とさせるもので、これらの西部劇やアクション映画に登場する老獪な主人公像が、おそらく彼女のキャラクター造型に活かされているのだろう。そして、カーラの呼称が「ガールかウーマンか」の問答は、ある意味で彼女の精神的な醸成をルーシーがつぶさに嗅ぎ取っているからこそのものだ。

では、絶賛ダメ人間生活を──自身の痛みを忘れるため、自覚的に──謳歌するカーラが真に持つヒーロー性とはなにか。それは、端的に目の前で困っている人に親切であるという点にほかならない。この──「すべての人を救おう」とするスーパーマンことカル=エルとはひと味違った──善性があればこそ、カーラは「だめだめ自分とは関係ないし」と言いつつもルーシーを放っておけずにコンビを組み、あるいは何度でも彼女を守り、彼女や簒奪された少女たちには目線の高さを合わせて語りかけ、最終的には愚劣でマチズモな悪漢たちをぶちかますシスターフッドが形成される。そんな本作の物語は、作家カート・ヴォネガットの「愛は負けても、親切は勝つ」を思い起こさせるものでもある。親切であることを体現するかのような彼女の精神性は、われわれ観客も──こんなご時世とくに──見習うべきものではないだろうか。


ともあれ本作の、スクリーンに展開するプロダクション・デザインはネオンカラーのポップさと砂と錆に薄汚れた退廃感がマッチしていて面白かったし、ときおり挟まれる下らないユーモア *8も楽しかったし、上へ下へのスーパーガール・アクションは見応えがあった──クライマックス、ルーシーの視点から「いま自分は守られている」ことをひしひしと感じる長回しショットはとくによかった──し、カーラを演じたミリー・オールコックを筆頭に役者陣の存在感もたいへん素晴らしかった(妙なところで筋のとおったロボのキャラもよかったですね)。

ただ一点だけ本作の難点を挙げるなら、ちょっと撮影に逆光線を多用しすぎなこと。キャラクターのシルエットを強調したかったのか、あるいは神々しさを演出したかったのか、もしくはカーラの抱える心の闇を表現したかったのか、たしかに要所要所でその意図は掴めるものの、多くのシーンがそうであるためにメリハリが弱く、なによりキャラクターたち──観客に向かう側──が暗く影に沈んでしまってアクションや芝居が見づらかったのは、たいへんもったいない。もうちょっと手前にもカッチリと照明を当てて明るめの画面設計にしてくれたなら、縦横無尽のアクションの臨場感もより増したのではないだろうか。


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◆失踪した娘を捜すため砂漠のレイブパーティにやって来た父ルイスと息子エステバンが、次なる会場に向かうためにモロッコの極限地帯を進む『シラート』(オリベル・ラシェ監督、2025)は、本作の惹句「知る前に、進め *9」のとおり、とにかく前情報なしで──可能ならぜひとも──すぐにでも劇場でご覧いただきたい類い稀な1作だった。


【以下、若干──脚注では一部具体的な──内容に触れます】

モロッコの砂漠や山岳地帯をキャンピングカー2台と家庭用バンでひたすら移動する本作は、たしかに砂漠地帯を爆走する『マッドマックス』シリーズ(ジョージ・ミラー監督、1979-)や、険しい山道を進む『恐怖の報酬』(アンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督、1953)を彷彿とさせるシーンも多いけれど、それら以上に危機迫る展開や息を呑む──ほんとうに逃げ出したくなる地獄のような──クライマックスが用意されている。しかし本作を、いわゆるハリウッド形のアクション・エンタテインメントとして観ようとするなら間違いなく面喰らうことになるだろう(それはそれで本作の体験としては第1歩ではある)*10。むしろ本作は、エンタメ映画というよりも形而上学的な、もっといえば宗教的/超越主義的な体感を得るための装置/メソッドのように作られている。

本作は、いくつものスピーカーを並べてレイブパーティーの準備をする場面から開幕するが、これはすなわち映画館をその会場へと変貌させる過程にほかならない。このスピーカー群と、その向こうに頂く絶壁と岩山とが織り成す光景はまさしく神殿 *11であり、それは同時に、本作の今後の展開を予感させるヴィジョンである。やがて爆音で流れ出すレイブミュージックの鼓動と波に吞まれるように登場するルイスの魂の旅路/心もちの変遷──ラシェ監督のインタビューをいくつか読むと得心がゆくように *12、ある種スーフィズム的な──を、われわれは彼とともに体感することになるだろう。

このように本作は、その音場に満ちた映画館をある種の宗教的な装置/メソッドと成し、そこで鑑賞されることによってこそ、われわれが神殿や寺院に立ったときのような──あるいは、それ以上の──効果を生むに違いない 。ルイス親子と、彼を旅の仲間に加えるレイバーたち──ルイス親子と同じように、皆それぞれになにかしらの傷を抱えている様子がさらりと描写される──が辿る道すじを思い返すなら、彼/彼女らは修行僧ないし巡礼者のようにすら見える。圧倒的なまでに極限といえばあまりに極限、酷薄といえば酷薄な試練が連続する旅路の果てに、ルイスがなにを想い感じたのか *13 *14、ぜひとも劇場で見届けたい。


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*1:ここでのライデンのレーザーライトもかくやの大量出血──からの、そこで演じられる戦闘シーン──描写は新鮮だった。クラブか!

*2:第1戦闘シーンで、ケイジが逃げ回るときに数ショットでも入れるとか。

*3:それこそ、ライデンあたりから「ついに解き放たれたな(Finally, you've UNCAGED.)」くらいの台詞はあってもよかったのじゃないかしらん。

*4:彼女が崩れ落ちそうになったそのとき、亡き父王の声が胸中に木霊して復活する瞬間に光明が射しはじめる、とか。

*5:本作が描くのはマイケルの人生ではなく、1988年までの “半生” を描くものであり、それによって彼の人生に影を落とすことになる児童性的虐待疑惑について完全にオミットした形になっている。これは、本作がもともと、それも含めての脚本で制作され、撮影も完了したものの、法的な関係──ジョーダン・チャンドラーとの和解によって、彼にまつわる一切のことを映画化できないという条項が制作中に発覚──によりカットせざるを得なくなり、脚本の書き直しと追加撮影を経て、現在の形になったという経緯のようだ(そうでなければ、執拗に「ピーター・パン」の絵本を映さないと思う)。その後のことについては、予定されているという続篇を待ちたい。

*6:アダムは魔法使いソーサラス「それは共感と人間力よ」とか云われるわけけれど、いちばん人の話を聞いてないのは君だよな。

*7:そういえば、『ホット・ファズ -俺たちスーパーポリスメン!-』(エドガー・ライト監督、2004)において、日本語訳には反映されていないけれど、主人公のニコラス(サイモン・ペッグ)とダニー(ニック・フロスト)が別々のシーンで各々このセリフを「アッチョンブリケ」的に呟いており、ふたりとも子ども時代にアニメ版を観ていたこと──そして、当時どれほど人気のあったコンテンツだったか──が暗に示されている。

*8:「クソみたいな味(直喩)」ってもう、しょうがねェなァ(´∀`) スキヨ。

*9:おそらくジャラール・ウッディーン・ルーミー(1207-1273)の言葉「死ぬ前に死ね(Die before you die.)」のもじりだろう。

*10:余談ながら、前半に登場する、数多に自動車が縦列したり右往左往している画や、ラジオのニュースが伝える世界の終末感から、なんとなく『ウイークエンド』(ジャン=リュック・ゴダール監督、1967)を連想もしたけれど、観終わってみると裏返しの作品でもあるのだなと考えもする。

*11:また、スピーカーの十字のフレームへのクロースアップ、夜間レーザーライトで形成される階段、あるいは中盤でブラウン管に映されるカアバ神殿を囲う巡礼者の群れ──これなどはとくにレイブパーティーと鏡像関係にある──といったイメージは、本作の方向性を補助的にいっそう示すだろう。

*12:参照: ▼二度と味わいたくない驚愕の映画体験! 『シラート』監督のオリベル・ラシェにインタビュー | GQ JAPAN、 ▼Fan's Voice、 ▼『シラート』のオリベル・ラシェ監督にインタビュー。 | POPEYE Web | ポパイウェブ、 ▼映画『シラート』のオリベル・ラシェにインタビュー | 【GINZA】東京発信の最新ファッション&カルチャー情報、 ▼『シラート』オリベル・ラシェ監督 リスクを恐れず、身体に浸透する映画を【Director’s Interview Vol.556】|CINEMORE(シネモア)

*13:それはルイスの自我/エゴとの闘い、そしてそこからの解放であるだろう。忘我の果てにこそ、他者を理解することができるのだ。ときおりインサートされる道路の白線や線路を映すショットが「シラート(道)」の暗喩であることは論を待たないが、彼はあるとき、その先に達したに違いない。ラシェ監督はインタビューにて、終盤のレイブのシーンにてルイスがはじめて音楽に合わせて踊るときが、もっとも娘に近づいたときだと語っている。

*14:また、ジョーゼフ・キャンベルが「儀式の役割は日常性から人を引きずり出すこと」というように、映画の物語における常套句をも逸脱する展開は、本作が映画という日常を求める観客に対して持つ儀式的性格を強調するだろう。

◆2026年 5月 ひとこと超々短評集

2026年5月に、ときおり思い出したかのようにちょこまかとX/旧twitterにて書いていた短い短い短い映画感想の備忘録(一部加筆修正)です。それにしたって、NO WAR, NO KING and NO LIE。


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【劇 場】
◆投獄された父を救うために立ったクッパ Jr.が、その身に絶大な力を秘めるロゼッタ姫を拉致する『ザ・スーパーマリオギャラクシー・ムービー』(アーロン・ホーバス、マイケル・ジェレニック監督、2026)は、楽しいは楽しい良作だった。


本作の見どころのひとつは、なんといっても全編に渡ってこれでもかと繰り広げられる “マリオ” 的アクションのつるべ打ちだろう。マリオとルイージ、ピーチ、そしてピノキオたちが行く先々で立ち回るアクションはCGアニメーションであること存分に活かした縦横無尽なもので、走って跳んでチェイスし変身し、多勢に無勢の大立回りにドッグファイト、果てはT-REXに追いすがられ……とバリエーションも豊富。そして、それらを──前作から採用された──平面(2D横スクロールゲーム)的な画と立体(3Dアクションゲーム)的な画とを巧みに織り交ぜながら矢継ぎ早に展開し、これまでのゲームで様々に観客が体験してきたであろう “マリオ” 的アクションを再現して大スクリーンに映し出される様相は、スペクタクル性とユーモア、そして画の色鮮やかさにも満ち、たいへん楽しい。

また、本作ではイースターエッグ──主に登場キャラクター──も豊富で、出番の大小に関わらず、観客の思い出をくすぐるに違いない。ゲームに疎い僕ですら「あッ、こいつにそいつにあいつじゃないか!」と思わず口角が上がったものだ。


しかし本作は、そのようなオモチロ楽しいアクションやイースターエッグの連弾という、その場その場の楽しさに注力しすぎた結果、物語としては展開も雑多で非常に希薄なものになった印象は拭えない。これは、主人公マリオの成長葛藤が前作の──現実世界で失敗続きのマリオが、キノコ王国での冒険の果てに「スーパー」な人物として自立する──時点で完了した、と今回の作り手たちが判断したのか、本作における彼の軸がいまいちハッキリしないと点もあるだろうし、また本作の量的なバランスをあきらかに欠いたアクションとドラマの構成が、キャラクターたちの深掘りを阻み、物語としての本作に集中しづらくなったこともあるのだろう。

そんななかで思い返すなら、本作でもっとも感情の揺れを感じられたのはクッパ大王であった。「悪としての父に憧れる息子の期待に応えたい」という親としての願望と、前作で対等に戦って敗れ、ある種の更生の機会を与えてくれたマリオへの複雑な感情とがない交ぜになった彼の表情は、とても印象的だ。なので本作が、ヴィランとしてのクッパをいっそう掘り下げるような展開をより軸に据えたものであれば、もうすこし物語的にも印象に残ったのかもしれない(もちろん本作が、ロゼッタ姫を登場させることで、ピーチ姫の立ち位置をマリオとのカップルではなく、マリオとルイージの「ブラザーズ」と対をなす「シスターズ」であることを描こうとしているのは理解するのだけれど、いかんせん ”二兎を追う者は……” 状態になっている感は否めない)。


とはいえ、ここまで本作について考えてきたことも “良し悪し” であって、マリオゲームの映画化というアトラクションを楽しむなら、本作はそれを間違いなく叶えてくれる良作だ。ひとまず映画館にレッツ・ア・ゴーといこう。


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◆終局が目前に迫った世界で、ふいに街角や看板、テレビやラジオに見ず知らずの男チャックの人生に感謝を捧げる広告が溢れかえる『サンキュー、チャック』(マイク・フラナガン監督、2024)は、いかにも自作品でユニバースを展開するスティーブン・キングらしい趣と入れ子構造を持つ、一風変わっているが、しかし人生讃歌の1作だった。

本作のプロットは少々トリッキーであり、それゆえ予告編で明かされている “世界の終わりに突如として「チャックの39年にわたる素晴らしき人生に感謝を」という広告が、なぜ大量に展開されたのか?” 以上の物語に触れてしまうと興を削ぎかねないため、詳述はあえて控えたい。しかし敢えて補足的に付け加えるなら、芸術/感情と科学/理性が拮抗する価値観の狭間で育ち、自らの人生を歩むとある人物は、ある意味でスピルバーグ監督の『フェイブルマンズ』(2021)の主人公を思い起こさせるものだ。

そんな本作は全編が3章構成で、そのそれぞれで画面縦横比が「1: 1.85/1: 2.00/1: 2.39」と異なっており、この3種類の画面縦横比の移ろい──近年 IMAX映画で主流の縦幅の変化ではなく、横幅の変化──が、作中のとある台詞と相まって意味を持ってくることは記憶しておきたい。そしてソフトや配信では、本作の画面縦横比の変化が十全には発揮されない──おそらく家庭用モニタに合わせるために横幅ではなく縦幅の変化に置き換わるのではないか──と予想されるので、せっかくなら劇場でじっくり味わいたい1作でもある。


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◆銀河帝国の崩壊後、その残党狩りする孤高の賞金稼ぎの冒険を描く『スター・ウォーズ/マンダロリアン・アンド・グローグー』(ジョン・ファヴロー監督、2026)は、久しぶりに楽しい楽しい活劇を観たなァと感慨深い1作だった。

今回、不勉強ながら本作に連なるドラマシリーズ『マンダロリアン』(同監督ほか、2019-)をまったくのノータッチの状態──なので冒頭のあらすじの誤謬はご勘弁──で観たのだけれど、とくに問題なく──もちろん、取りこぼしている要素もたくさんあるだろう──映画の世界に入り込むことができたのは嬉しい。アバンに附された雪山での追走劇において、まずは世界観やマンドーとグローグーの関係性といった本作を観るうえで必要な情報を、上に下にの大アクションを交えつつテンポよく的確に伝える手腕は見事なもので、かつ見慣れた「スター・ウォーズ」的世界観を壊すことなく絶妙な新鮮味を持って拡張した種々のプロダクション・デザインが、二転三転する物語のなかで代わる代わる画面いっぱいに映るのも楽しい(そういえば、ところどころで「妙に “懐かしい” 動きをするクリーチャーやドロイドがいるな」と思ったら、しっかりフィル・ティペットの名前がクレジットにありました *1)。これまで伝え聞いていたドラマ版の高評価も、本作を観て納得だ *2

ちなみに IMAX映画でもある本作だが、僕の観た地方の通常上映館においても、画面縦横比が1: 2.39(1: 1.85にレターボックス処理)と1: 1.85とが混交した上映だったことは備忘録的に記しておこう。とはいえ、IMAX上映館で観た人の話を聞くと、どうやら画面縦横比の変化は IMAX版と全部が全部同じではないらしい *3。けれども、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』にせよ、本作にせよ、今後こういった通常上映であっても IMAX版のように劇中で画面縦横比が変化する上映方式が増えてゆくのだろうか。

まァ、なんにせよ楽しかったです。


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【ドラマ】
◆荒木飛呂彦による漫画を原作とするドラマ「岸辺露伴は動かない」シリーズの番外編『泉京香は黙らない』(関友太郎、平瀬謙太朗監督、2026)を観た。これまでの極端な遠近感によるパースを強調する実相寺昭雄的なカメラワークを封じて、登場人物がこちらを見据えた──あるいは背を向けた──平面的で左右対称な画面レイアウトとそれを追いすがる移動カムを用いたキューブリック的──とくに本作もある種の洋館ホラーなためか『シャイニング』ふう──なものへ変え、冒頭と最後のスタッフロールを市川崑風味にすることで、番外編としての差別化を図っていたのが興味深い。ところでね、声なき声を報ずるのではなく奪って捻じ伏せ歪曲して公共の利益に反する形で悪用した挙句、その声によって真に手痛いシッペ返しを喰らうべきなのは報道局、あんたがただよ *4!


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*1:ハットの宮殿で登場する巨大門番ドロイドのパーツひとつひとつの動きが、じつにストップモーションですごかった。

*2:いっぽう、本作の物語構成は──敢えて、とは思うけれど──映画的というか、どちらかというとドラマ3~4話を隙間なく繋げたような感じだったので、そこは好みが分かれる部分かもしれない。

*3:そのためか、IMAXパートが中盤に集中しており、前半40分と後半のクライマックスはずーっとシネスコ(1: 2.39)だったので、であれば画面縦横比をシネスコ固定でもよかったのではないか──だってまぁ、「スター・ウォーズ」ってシネスコじゃん?──、という気がしないでもない(ほかのレビューを見ると、全編シネスコ版上映の方式もあるようです)。

*4:本作のキャラクター設計からして、この暗喩はあきらかだろう。わかってんのかしらん。わかってねえんだろうなァ。

◆2026年 4月 ひとこと超々短評集

2026年4月に、ときおり思い出したかのようにちょこまかとX/旧twitterにて書いていた短い短い短い映画感想の備忘録(一部加筆修正)です。それにしたって、NO WAR 護憲。


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【劇 場】
◆ついに『AKIRA』(大友克洋監督、1988)を映画館で観ることが叶いました(「午前十時の映画祭16」にて)。忘れもしない、15歳のころ当時の友人が貸してくれた録画VHSで観た衝撃から約4半世紀、DVD(2種*1)から旧Blu-Rayを経てようやっと。まさかド地方のシネコンで念願叶うとは、なんとも嬉しい。ありがたや。もはや数え切れないほど観返した本作ですが、固唾を飲んで全編のめり込みましたです。やっぱ凄えや!

今回 DCPマスターは、UHD作成時に用意された4Kリマスター/リミックス版(2020/UHD+BD収録)の模様(映像のリマスターはもちろん、DVD版、旧Blu-Ray版から、三度(みたび)5.1Chリミックスが施されており、効果音 *2から音楽 *3、台詞のバランス *4など、いろいろ細々と変更されている)。ところで、芸能山城組による劇伴の重厚さが、僕の出かけた地方のシネコンには少々オーバースペックだったのか、本作のメイン・テーマともいうべき「KANEDA(金田)」におけるジェゴグの響きとコーラスの共鳴──とくに中低音──に劇場のスピーカーが時折悲鳴を上げてハウリングしていたのはご愛敬か。

と諸々そういうわけで、ようやっと今回はじめて観た4Kリマスター版は──旧Blu-Ray版を持ってるし、まァええかなと自分を偽っていましたが──帰宅後速攻ポチりました。もう、はじまっているからね。



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◆とある理由で死んでしまった女性アイダが、100年間の孤独に苦しむフランケンシュタインの怪物の花嫁として蘇る『ザ・ブライド!』(マギー・ギレンホール監督、2026)は、メアリー・シェリーによる原作小説や後の映画版などで様々に描かれてきた “怪物の花嫁” の顛末を大きくアレンジしてテーマ性を刷新した意欲作だった。

映画冒頭で語られる、シェリーが抱えていたであろう無念が文字どおり憑依したアイダと、そんな彼女を恋い慕う怪物が、逃避行のうちに警察やギャングに追われてゆく本作を観ていると、むしろ『俺たちに明日はない』(1967)や『イージー★ライダー』(1969)、『テルマ&ルイーズ』(1991)といったロード・ムービー系の映画群を思い起こすだろう。時代や社会、あるいは権力によって次々に封じられてきた声なき声のように抑圧されそうになりながら、それでもなお踏ん張って声を上げること止めないアイダ *5の物語と、それがじんわりと社会の変革へと拡大してゆくことを暗示させるクライマックスは、とても心強い。本作は、たしかにハイ・コンテクストではあるが、見事なエンパワーメント映画である。


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【ソフト&配信】
◆合唱部部長の中学生・岡聡実が、ひょんなことからヤクザの若頭補佐・成田狂児に歌唱指導を頼まれる和山やま漫画原作の『カラオケ行こ!』(山下敦弘監督、2024)は、軸となる設定の絶妙な下らなさ、ある種の青春物語としての繊細な構築や演出、そしてテンポのよいユーモアとがピタッとマッチしたコメディの傑作だった。エンドロール後に附されるオチの見せ方も洒脱で素晴らしい(あと、巻き戻せるもの/巻き戻せないものとをさりげなく対比させる「映画を見る部」をめぐるエピソードも良い)。

そして、主人公たちから脇役に至るまで、すべての登場人物のキャスティングが、これ以外ないと驚くほど隙なく完璧で、スクリーン内の世界の存在感をしっかと支えているのも見事。久々に腹を抱えて笑いました。とある先輩が '24年のベスト1に挙げるのも納得だぜ……(`Д´;) ヌゥ。とはいえヤクザは嫌いですけどネ(これが映画の面白いトコロ)。


     ※

*1:バンダイ版とパイオニア版。

*2:これまでで最も音量のバランスなどが迫力を損なわず聴きやすい──たとえばDVD版は5.1chを意識しすぎたためか、効果音(とくにガヤ)が以上にデカかったりする──概ね良好なリミックス。ただ、ちょくちょく鉄雄の台詞にエコーが追加──おそらく能力を使用している表現──されていたり、あるいはクライマックスで鉄雄が変容する直前、決戦の舞台であるオリンピック会場にタカシやキヨコ、マサルが降り立つシーンにフランジャー感マシマシの空気音を付加──これまでは、静寂な環境音のみだった──したりしたのは、ちょっとやりすぎかも。 ▼余談ながら、効果音の追加という意味では、DVD版から収録された英語吹替え5.1chミックスも捨て難い。さすがアメリカ制作だけあって、銃器や爆発を筆頭に効果音のストックの幅が広い。

*3:音楽については初見のインパクトもあって、劇場公開当時の音響スペックゆえにトラックを削ったり切り貼りせざるを得なかったからこそ逆説的に映画音楽的なバリエーションが増えたオリジナル版のミックスや構成の感じが好みではあるのだけど、4K版では旧市街オリンピック会場での鉄雄とケイの激闘シーンに被さる「SHOHMYOH(唱名)」のバランスが──これまでのリミックス版と違って──オリジナル版に近い感じに寄せられていたり、終盤の金田の回想から崩壊へと連なるシーンで流れる「REQUIEM(未来)」の楽曲構成に旧Blu-Ray版で施された修正──本来の曲としては正しい構成だが、映画音楽としては改悪だった──が元に戻っていたり(また崩壊シーンでのミックスもオリジナル版に寄せている)と、リミックスとしては個人的に現状いちばん納得度の高いバージョンとなっている(その反動か、冒頭の金田と暴走集団クラウンの頭(かしら)ジョーカーとのチキンレースを描くシーンで使用される「BATTLE AGAINST CROWN(クラウンとの闘い)」では、これまでにない過激なリミックスが施されていて、これはこれで凄まじい! とはいいつつも、であるならこのシーンの曲はオリジナル版どおりここの小節で切ってくれよ、など細かい不満点もあるよ、人間だもの。)。

*4:いままで効果音に隠れて聞こえていなかったものがいくつかあり、そんな台詞あったんかい、と驚いた。

*5:特徴的な “染み” はゴス(ゴシック)の風合、そして彼女の着る衣装のオレンジ色は囚人服のイメージだろうか。

◆2026年1 - 3月 ひとこと超々短評集

2026年1月から3月にかけてどうにも気が抜けて、それでもときおり思い出したかのようにちょこまかとX/旧twitterにて書いていた短い短い短い映画感想の備忘録(一部加筆修正)です。それにしたって、NO WAR。


     ※


【劇 場】
◆売れない外国人役者フィリップが、依頼者の求めに応じて架空の家族を演じる会社に所属したことで、様々な人々と巡り合う『レンタル・ファミリー』(HIKARI監督、2025)は、フィクション度の高い設定──この会社がやってる業務は、いってしまえばほぼ詐欺行為だし──ではあるけれど、それゆえに獲得された人情喜劇としての視点の新しさと本作の寓意性が胸に迫る1作。主演のブレンダン・フレイザーをはじめ、日米新旧入り混じった役者陣の芝居が織り成すアンサンブルも見事で *1、スクリーンのなかの説得力をグッと引き立てる。そして、ラスト1ショットでストンと落とす洒脱で含蓄に富んだ見事な幕切れも素晴らしい。


     ○


◆20世紀初頭、画家を夢見てパリに留学中の少女フジコが、薙刀道場の娘ながらバレリーナを夢見る千鶴と思いがけず再会する『パリに咲くエトワール』(谷口悟朗監督、2026)は、キャラクターたちの自然で繊細な仕草や動きを見事に芝居に落とし込んだ丁寧で上質な作画と、筆のタッチを活かした背景美術とが織り成すアニメーションの完成度が極めて高い1作。細かなドラマをコツコツ積み上げてゆく脚本も相まって、スクリーンに映る世界と、そこに息づく人々が活き活きと実在感を持って観客の前に立ち現れるだろう。

それにしても、本作が舞台とする時代(ベル・エポック)がいっぽうで持ち合わせる不穏で息苦しい空気感が、1世紀を巡って尚悪くなって再来したような現在の世情とは、いったいなんなのでしょうね *2。フジコと千鶴、そしてその周囲の人たちがそうであるように、親切が親切を、良心が良心を紡いでゆく世界でありたいものだ。


     ○


◆自然を愛する大学生メイベルが、森を破壊して環状道路建造に邁進する市長のジェリーに抵抗すべく一計を案じる『私がビーバーになる時』(ダニエル・チョン監督、2026)は、動物を緻密に模したロボットに人間の意識を転送(ホップ)すると立ち現れる、目がテンなキャラクター・デザインも可愛らしい動物たちのアクションが──そして、ときおり差し挟まれる食物連鎖ギャグがブラックでかつ “自然” で──楽しく、中盤からクライマックスにかけて、これまで観たことのない新鮮な画が連続するスペクタクルも観客の心をギュッと掴んで離さないだろう。

ところで、劇中の端々でビーバーの王ジョージがメイベルに諭す言葉の数々や、すべてのドタバタが終わって交わされるメイベルとジェリー市長とのちょっとしたやりとり──いろいろあったけど、いまこうしてふたりいるのだから、ひとまず話し合おう──は、いま世界に最も必要な含蓄に富んだものではないだろうか *3


     ○


◆太陽に巣食い、やがては地球に重大な環境被害をもたらす謎の現象を調査・解明すべく、一介の中学校教師が外宇宙で奮闘する『プロジェクト・ヘイル・メアリー』(フィル・ロード、クリス・ミラー監督、2026)は、ハードSF映画ならではのリアリティ溢れるプロダクション・デザインの数々に、それらを画面に切り取る映像の巧みさと、ロード&ミラー監督コンビならではのユーモアの効いた明るいタッチの演出──あんな宇宙船の挙動、見たことあります?──とが見事にブレンドされた素晴らしい1作だった。

本作は『2001年宇宙の旅』(スタンリー・キューブリック監督、1968)や『インターステラー』(クリストファー・ノーラン監督、2012)などに連なる宇宙SFモノであるけれど、とくに抜きん出て対話に対話を重ねたことによる友愛の重要性を寿ぐ物語が、劇中の──あるいは僕らの現実世界の──あまりに過酷な環境とのギャップ *4も相まって、じつに温かく胸を打つことだろう *5

ところで本作は、IMAX映画では珍しく、通常上映館でもDCP(Digital Cinema Package)をFLAT(アメリカン・ビスタ=1: 1.85)画角に画面縦横比1: 2.00と1: 2.39とを混合した上映方式だったので驚いた。IMAX映画が通常の劇場で上映される場合、たいていIMAX撮影シーンの上下をトリミングした全編スコープサイズでの上映 *6か、なお悪ければFLAT画角にレターボックス(上下の帯)を附したスコープサイズを収録するいわゆる額縁上映 *7となるからだ。もちろん物理的なスクリーンのデカさには敵うまいが、画面縦横比の変化──それでもIMAX版よりも、さらに若干トリミングはされているようだけれど──を含めた演出をド地方のシネコンでも味わえたのは嬉しい。

なんにせよ本作は、こういうご時世だからこそ、明るくて楽しくて、そして希望に満ちたSF映画として、きっと古典として記憶される1作になるだろう。メチャンコ面白かったです。


     ※


【ソフト&配信】
◆日本ではPrime Video にて配信公開となった『バッドガイズ2』(ピエール・ペリフィル監督、2025)は、前作に劣らずめっちゃ面白かった。劇場で観られたならなお良かったのになァ *8


     ○


◆ドイツの山間リゾートに父と継母、そして腹違いの妹と越してきたグレッチェンを怪奇が襲う『カッコウ』(ティルマン・シンガー監督、2024)は、設定に若干の呑み込みづらさがあるものの、ソリッドな画面と編集の面白さ、そしてとくにクライマックスにおける四つ巴の対決シーンの構築と見せ方が素晴らしい。


     ○


◆かつて妻と死に別れたテオが、うら若き後妻スザンナと娘エラとともにに田舎の一軒家を借りる『レフト -恐怖物件-』(デヴィッド・コープ監督、2020)は、そこかしこに漂う不穏な雰囲気を醸すカメラワークと終盤に訪れるある種の歪み演出が面白い1作だった。オチや諸々の設定に関してはもう1歩踏み込んでもよかったような気もするけれど、畳みかけるような盛り上げ方は秀逸だ。それはそれとして、日本語吹替え版の翻訳の自然さが本当に素晴らしかった。


     ○


◆氷河魔族の地上侵略計画を受けて、科学研究所所員レイ・マが改造人間となってこれに挑む『中国超人インフラマン』(ホア・シャン監督、1975)は、もちろんツッコミどころの多い作品ではあるけれど、本家東映の変身ヒーローもののツボをきっちり押さえていて楽しい作品だ。

科学研究所内や敵の秘密基地といった大規模なセットや着ぐるみといったプロップ、強制遠近法をうまく用いたインフラマンと怪人の巨大化ショット、そして香港映画らしく敵味方モブにいたるまで戦闘能力高めで、いざ戦闘となればシネマスコープ画面を所狭しと功夫大乱戦を繰り広げるなど、ヴィジュアル面もなかなかに見応えがある。ただ、主人公をインフラマンに改造する機械に備え付けられた主バロメーターの単位表記が「シアン、マゼンダ、イエロー」なのには笑いました。プリンターかッ!


     ○


◆亡き父の遺品整理のため、愛する妻と娘とともに実家に戻ったブレイクを襲う怪異を描く『ウルフマン』(リー・ワネル監督、2025)は、「えっ、これが日本では劇場未公開?」と驚くことしきりな1作だった。前半で描かれるキャラクターたちの設定や状況を説明するシークェンスを除いて文字どおり “戦慄の一夜” を描くという構成や、狼男となった者の主観表現も面白いし、物語の根幹が「父性/父権」の暴走と負の連鎖、そしてそこから脱却を希求するもの──『透明人間』(同監督、2020)にもあった──である点が興味深い。あと、ちゃんと怖い。


     ※

*1:柄本明演じる老俳優が、探し求めていたものを見つけ出した瞬間の胸に迫る感じとか!

*2:エンドロールで映される、のちにフジコが描いた作品のモティーフがなんであったか。ここに作り手の込めた言外の強烈な意味があるのは、想像に難くない。

*3:色んな人種性別動物──また、チョン監督の要望によって叶った “訛り” のないメイベルの祖母──が登場する本作ならではだ。

*4:劇中でも、「食糧の分配配給までは、世界は手を取り合わないだろう」という台詞が重く圧し掛かる。

*5:にしても、クライマックスにビートルズはズルいよね。そりゃ泣いちゃうよ。

*6:たとえば、マーベル映画や『DUNE/デューン 砂の惑星』シリーズ(2021-)、実写版『ヒックとドラゴン』(2025)など。

*7:たとえば『NOPE』(2022)、『オッペンハイマー』(2023)、『MERCY/マーシー AI裁判』(2026)など。

*8:アバンの追走劇に登場する警官隊のアレは、『ウォレスとグルミット、危機一髪!』(ニック・パーク監督、1995)だよね。

【備忘録】2025年 鑑賞映画作品リスト+α


     ○


年が、明けました。

昨年は僅かながら、一昨年よりは元気になったような気がしないでもありません。なかなか主観は信頼が置けないものではありますが、なんとか維持したい。

それにしても、かつては遠い遠い未来だと思っていた21世紀が、なんと4分の1も終わってしまいました。しかし、夢見た明るい未来はどこか。いい大人が恥も外聞もなく噓をついては無知をひけらかし、罰せられるどころか巨大な権力を持ち、人が人を貶めて傷つけては悦に浸るような、そしてなんなら人々がそれに追従するという、なんともゲンナリする世情ではあります *1。景気も悪いし、物価と税金だけは高いし、じつにシオシオノパーです。が、なんとかその悪流に呑まれぬようにありたいものです。来たれ、世界の平和よ。ついでに面白い映画も。


     ○


というわけで、2025年に観た映画等の備忘録リストです。新旧含めた初見は、映画188作品(短篇、TVMなど含む。その内、劇場で鑑賞したのは 43作品)とTVアニメ、ドラマシリーズなどをいくつかでした。 末尾に “◎” のあるものは劇場で観たもの(個数は観た回数)です。

それでは皆様にとって、本年がよいものでありますよう心よりお祈り申し上げます。


     ※


【2025年 鑑賞作品リスト】
『王と道化師たち』(キム・ジュホ監督、2019)
『群盗』(ユン・ジョンビン監督、2014)
『レオノールの脳内ヒプナゴジア』(マルティカ・ラミレス・エスコバル監督、2022)
『ブレイキング・ニュース』(ジョニー・トー監督、2004)
『デルタフォース2』(アーロン・ノリス監督、1990)

『地獄のヒーロー』(ジョセフ・ジトー監督、1984)
『福山市長に1日密着してみた』(中元雄監督、2022)
『釈迦』(三隈研次監督、1961)
『ガンガ・ディン』(ジョージ・スティーヴンス監督、1939)
『ロード・オブ・ザ・リング/ローハンの戦い』(神山健治監督、2024)◎


10


『鹿の王 ユナと約束の旅』(安藤雅司、宮地昌幸監督、2022)
『狂獣 欲望の海域』(ジョナサン・リ監督、2017)
『スパイチーム』(ウィルソン・イップ監督、2000)
『機動戦士Gundam GQuuuuuuX -Beginning-』(鶴巻和哉監督、2025)◎◎
『室町無頼』(入江悠監督、2025)◎

『フォールガイ』(デヴィッド・リーチ監督、2024)
『怪談新耳袋 絶叫編 うしろ 記憶』(豊島圭介監督、2009) ※TVM
『風雲 ストームライダーズ』(アンドリュー・ラウ監督、1998)
『絶叫する家』(比嘉光太郎監督、2022) ※短篇
『笑顔の町』(小泉雄也監督、2022) ※短篇


20


『The View』(中野滉人監督、2022) ※短篇
『NEW GENERATION/新世代』(三重野広帆監督、2022) ※短篇
『学校が嫌いだ』(奥田悠介監督、2022) ※短篇
『いい人生』(川上颯太監督、2022) ※短篇
『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』(近藤亮太監督、2022) ※短篇

『危険がいっぱい』(ルネ・クレマン監督、1964)
『ブラックライダー』(ハーレー・コクリス監督、1986)
『野生の島のロズ』(クリス・サンダース監督、2024)◎
『落下の解剖学』(ジュスティーヌ・トリエ監督、2023)
『ザ・メニュー』(マーク・マイロッド監督、2022)


30


『インフィニティ・プール』(ブランドン・クローネンバーグ監督、2023)
『幽霊の日記』(針谷大吾、小林洋介監督、2025) ※短篇
『Broken Rage』(北野武監督、2024)
『キャプテン・アメリカ: ブレイブ・ニュー・ワールド』(ジュリアス・オナー監督、2025)◎
『アメリカン・フィクション』(コード・ジェファーソン監督、2023)

『スーパーマン 謎の現金強奪ロボット』(デーブ・フライシャー監督、1941) ※短篇
『トールキン 旅のはじまり』(ドメ・カルコスキ監督、2019)
『第十七捕虜収容所』(ビリー・ワイルダー監督、1953)
『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』(ジェームズ・マンゴールド監督、2024)◎
『ニムの秘密』(ドン・ブルース監督、1982)


40


『ミュータント・タートルズ: ミュータント・パニック!』(ジェフ・ロウ監督、2023)
『ドリーム・シナリオ』(クリストファー・ボルグリ監督、2023)
『紅い服の少女 第二章: 真実』(チェン・ウェイハオ監督、2017)
『ウィキッド ふたりの魔女』(ジョン・M・チュウ監督、2024)◎
『カード・カウンター』(ポール・シュレイダー監督、2021)

『ソウルの春』(キム・ソンス監督、2023)
『ビーキーパー』(デヴィッド・エアー監督、2024)◎
『マダム・ウェブ』(S・J・クラークソン監督、2024)
『マルセル 靴をはいた小さな貝』(ディーン・フライシャー・キャンプ監督、2021)
『悪魔と夜ふかし』(コリン・ケアンズ、キャメロン・ケアンズ監督、2023)


50


『ロングレッグス』(オズグッド・パーキンス監督、2024)◎◎
『必殺マグナム』(J・リー・トンプソン監督、1986)
『白雪姫』(マーク・ウェブ監督、2025)◎
『グランツーリスモ』(ニール・ブロムカンプ監督、2023)
『クランスマン』(テレンス・ヤング監督、1974)

『キューブ2』(アンジェイ・セクラ監督、2002)
『殺人狂時代』(岡本喜八監督、1967)
『Flow』(ギンツ・ジルバロディス監督、2024)◎
『ベテラン 凶悪犯罪捜査班』(リュ・スンワン監督、2024)◎
『アマチュア』(ジェームズ・ホーズ監督、2025)◎


60


『エクソシスト3』(ウィリアム・ピーター・ブラッティ監督、1990)
『コカイン・ベア』(エリザベス・バンクス監督、2022)
『キューブ ゼロ』(アーニー・バーバラッシュ監督、2004)
『南極日誌』(イム・ピルソン監督、2005)
『異端者の家』(スコット・ベック、ブライアン・ウッズ監督、2024)◎

『アンネ・フランクと旅する日記』(アリ・フォルマン、ヨニ・グッドマン *2監督、2021)
『透明人間』(ジェイムズ・ホエール監督、1933)
『怪獣ヤロウ!』(八木順一朗監督、2025)
『パディントン 消えた黄金郷の秘密』(ドゥーガル・ウィルソン監督、2024)◎
『サンダーボルツ*』(ジェイク・シュライアー監督、2025)◎


70


『クィア/QUEER』(ルカ・グァダニーノ監督、2024)◎
『整形水』(チョ・ギョンフン監督、2020)
『マニアック・コップ/地獄のマッド・コップ』(ウイリアム・ラスティグ監督、1988)
『ベスト・キッド2』(ジョン・G・アヴィルドセン監督、1986)
『ベスト・キッド3 最後の挑戦』(ジョン・G・アヴィルドセン監督、1989)

『ベスト・キッド4』(クリストファー・ケイン監督、1994)
『ミッション: インポッシブル/ファイナル・レコニング』(クリストファー・マッカリー監督、2025)◎
『二百三高地』(舛田利雄監督、1980)
『岸部露伴は動かない 懺悔室』(渡辺一貴監督、2025)◎
『エクソシスト 信じる者』(デヴィッド・ゴードン・グリーン監督、2023)


80


『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー2』(チン・シウトン監督、1990)
『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー3』(チン・シウトン監督、1991)
『リロ&スティッチ』(ディーン・フライシャー・キャンプ監督、2025)◎
『LUPIN THE IIIRD 銭形と2人のルパン』(小池健監督、2025) ※OVA
『殺しの分け前/ポイント・ブランク』(ジョン・ブアマン監督、1967)

『猟奇島』(アーヴィング・ピッチェル、アーネスト・B・シュードサック監督、1932)
『リュミエール!』(ティエリー・フレモー監督、2017)
『バイオレント・サタデー』(サム・ペキンパー監督、1983)
『F1/エフワン』(ジョセフ・コシンスキー監督、2025)◎
『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』(近藤亮太監督、2025)


90


『LUPIN THE IIIRD THE MOVIE 不死身の血族』(小池健監督、2025)◎
『カンフースタントマン 龍虎武師』(ウェイ・ジェンツー監督、2021)
『28年後…』(ダニー・ボイル監督、2025)◎
『ミルキー☆ハイウェイ』(亀山陽平監督、2022) ※短篇
『スーパーマン』(ジェームズ・ガン監督、2025)◎◎

『ワンダー・ガールズ 東方三侠』(チン・シウトン、ジョニー・トー監督、1993)
『ザ・ボディガード ローグ・ミッション』(ピエール・モレル監督、2023)
『THE SIN 罪』(ハン・ドンソク監督、2024)
『ファンタスティック4: ファースト・ステップ』(マット・シャックマン監督、2025)◎
『変な家』(石川淳一監督、2024)


100


『ヘッド・オブ・ステイト』(イリヤ・ナイシュラー監督、2025)
『ワンダー・ガールズ 東方三侠2』(チン・シウトン、ジョニー・トー監督、1993)
『あのコはだぁれ?』(清水崇監督、2024)
『グリーンバレット 最強殺し屋伝説国岡[合宿編]』(阪元裕吾監督、2022)
『風林火山』(稲垣浩監督、1969)

『近畿地方のある場所について』(白石晃士監督、2025)◎
『フィスト・オブ・レジェンド』(ゴードン・チャン監督、1994)
『亡霊学級』(鶴田法男監督、1996) ※OV
『ジュラシック・ワールド/復活の大地』(ギャレス・エドワーズ監督、2025)◎
『斬る』(岡本喜八監督、1968)


110


『股旅』(市川崑監督、1973)
『バレリーナ: The World of John Wick』(レン・ワイズマン監督、2025)◎
『タイトロープ』(リチャード・タッグル監督、1984)
『レッド・サン』(テレンス・ヤング監督、1971)
『超少女REIKO』(大河原孝夫監督、1991)

『死霊館のシスター 呪いの秘密』(マイケル・チャベス監督、2023)
『恐竜グワンジ』(ジェームズ・オコノリー監督、1969)
『侍』(岡本喜八監督、1965)
『三銃士』(リチャード・レスター監督、1973)
『戦慄のリンク』(鶴田法男監督、2020)


120


『アミスタッド』(スティーヴン・スピルバーグ監督、1997)
『クリーチャー・デザイナーズ ハリウッド特殊効果の魔術師たち』(ジル・パンソ、アレクサンドル・ポンセ監督、2015)
『三匹の侍』(五社英雄監督、1964)
『四銃士』(リチャード・レスター監督、1974)
『雨の訪問者』(ルネ・クレマン監督、1970)

『マッドゴッド』(フィル・ティペット監督、2021)
『少年と犬』(L・Q・ジョーンズ監督、1975)
『ベスト・キッド: レジェンズ』(ジョナサン・エントウィッスル監督、2025)◎
『激怒』(高橋ヨシキ監督、2022)
『98分署香港レディ・コップス』(ユン・ケイ監督、1990)


130


『陪審員2番』(クリント・イーストウッド監督、2024)
『ヒックとドラゴン』(ディーン・デュポア監督、2025)◎
『白い肌の異常な夜』(ドン・シーゲル監督、1971)
『カトマンズの男』(フィリップ・ド・ブロカ監督、1965)
『オオカミの家』(クリストバル・レオン、ホアキン・コシーニャ監督、2018)

『EAST MEETS WEST』(岡本喜八監督、1995)
『ベネデッタ』(ポール・バーホーベン監督、2021)
『ビヨンド』(ルチオ・フルチ監督、1981)
『死霊のえじき』(ジョージ・A・ロメロ監督、1985)
『哀しみのベラドンナ』(山本暎一監督、1973)


140


『カンバセーション…盗聴…』(フランシス・フォード・コッポラ監督、1974)
『きさらぎ駅 Re:』(永江二朗監督、2025)
『アイス・ロード: リベンジ』(ジョナサン・ヘンズリー監督、2025)
『フレンチ・ラン』( ジェームズ・ワトキンス監督、2016)
『ザ・ハッスル』(クリス・アディソン監督、2019)

『劇場版 チェンソーマン レゼ篇』(𠮷原達矢監督、2025)◎◎
『スネーク・アイズ』(ブライアン・デ・パルマ監督、1998)
『ワン・バトル・アフター・アナザー』(ポール・トーマス・アンダーソン監督、2025)◎
『リアリティ』(ティナ・サッター監督、2023) ※TVM
『劇場版 ほんとうにあった怖い話~変な間取りの家~』(寺西涼監督、2024)


150


『トロン: アレス』(ヨアヒム・ローニング監督、2025)◎
『ヒンターランド』(シュテファン・ルツォヴィツキー監督、2021)
『M3GAN/ミーガン 2.0』(ジェラルド・ジョンストン監督、2025)
『ブルージーン・コップ』(デラン・サラフィアン監督、1990)
『死霊館 最後の儀式』(マイケル・チャベス監督、2025)◎

『悪魔がはらわたでいけにえで私』(宇賀那健一監督、2023)
『チャレンジャーズ』(ルカ・グァダニーノ監督、2024)
『フェス・ゴジラII 新宿炎上』(中川和博監督、2025) ※短篇
『羅小黒戦記(ロシャオヘイセンキ)2 ぼくらが望む未来』(木頭(MTJJ)、顧傑監督、2025)◎
『プレイ・ダーティー』(シェーン・ブラック監督、2025)


160


『プレデター: バッドランド』(ダン・トラクテンバーグ監督、2025)◎
『もののけ姫〈4Kデジタル・リマスター〉』(宮崎駿監督、1997-2025)◎
『極限境界線 救出までの18日間』(イム・スルレ監督、2023)
『ハント』(イ・ジョンジェ監督、2022)
『夏目アラタの結婚』(堤幸彦監督、2024)

『KILL 超覚醒』(ニキル・ナゲシュ・バート監督、2023)◎
『爆弾』(永井聡監督、2025)◎
『A LEGEND/伝説』(スタンリー・トン監督、2024)
『トワイライト・ウォリアーズ 決戦! 九龍城砦』(ソイ・チェン監督、2024)
『リトル・ジョー』(ジェシカ・ハウスナー監督、2019)


170


『天使のたまご 4Kリマスター』(押井守監督、1985-2025)◎
『トランザーズ/未来警察2300』(チャールズ・バンド監督、1984)
『ヌルボムガーデン』(ク・テジン監督、2024)
『この動画は再生できません THE MOVIE』(谷口恒平監督、2024)
『プロフェッショナル』(ロバート・ロレンツ監督、2023)

『MEMORIES〈4Kデジタルリマスター版〉』(大友克洋、森本晃司、岡村天斎監督、1995-2025)◎
『女王陛下の戦士』(ポール・バーホーベン監督、1977)
『ファイナル・カウントダウン』(ドン・テイラー監督、1980)
『モンキーマン』(デーヴ・パテール監督、2024)
『ズートピア2』(ジャレド・ブッシュ、バイロン・ハワード監督、2025)◎◎


180


『フライト・リスク』(メル・ギブソン監督、2025)
『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』(アレクサンダー・ペイン監督、2023)
『LABM/ラム』(ヴァルディマル・ヨハンソン監督、2021)
『サブスタンス』(コラリー・ファルジャ監督、2024)
『ヒットマンズ・ボディガード』(パトリック・ヒューズ監督、2017)

『アバター: ファイヤー・アンド・アッシュ』(ジェームズ・キャメロン監督、2025)◎
『ドライブアウェイ・ドールズ』(イーサン・コーエン監督、2024)
『ハリーとトント』(ポール・マザースキー監督、1974)


188

     ○


【TVアニメ】
『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』(鶴巻和哉監督、2025) ※全12話
『〈小市民〉シリーズ(第2期)』(神戸守監督、2025) ※全12話
『LAZARUS ラザロ』(渡辺信一郎監督、2025) ※全13話
『アポカリプスホテル』(春藤佳奈監督、2025) ※全12話
『銀河特急 ミルキー☆サブウェイ』(亀山陽平監督、2025) ※全12話

『チェンソーマン 総集篇』(𠮷原達矢監督、2025) ※全2話


     ○


【ドラマ】
『マルクト情報テレビ』(梨監修、2025) ※全4話
『魔法少女山田』(寺内孝太郎監督、2025) ※全3話
『ベイビーわるきゅーれ エブリデイ!』(阪元裕吾監督、2024) ※全12話
『この動画は再生できません 3』(谷⼝恒平監督、2025) ※全4話
『心霊グラインドハウス ~ねむりめ~』(岩澤宏樹監督、2023) ※全6話+番外編

『心霊グラインドハウス ~ねむりめ2~』(岩澤宏樹監督、2024) ※全6話


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*1:2月追記; そんでもって、この極寒の時期にテメェの保身ばかりのマッチポンプじみた馬鹿げた理由で解散総選挙を強行した仕事もしないで阿呆に世情を悪くするばかりに熱心な馬鹿げた連中には心底フアックオフと辟易する。そんなどっかの誰かさんより、そいつのせいで帰省となったパンダさんのほうがよほど経済効果があっただろ。おまけに戦争は始まるし、外交では下手をうちまくるし、増税はするし……恥を知って、然るのちに二葉亭四迷。おっと、不悪句、不悪句。

*2:アニメーション監督として。

◆2025年12月 ひとこと超短評集

2025年12月に、思い出したかのようにちょこまかとX/旧twitterにて書いていた短い短い映画感想の備忘録(一部加筆修正)です。


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【劇 場】
◆警察官として晴れて相棒となった兎のジュディと狐のニックが、街の誕生秘話の裏にある陰謀に挑む『ズートピア2』(ジャレド・ブッシュ、バイロン・ハワード監督、2025)は、こちらの杞憂を吹き飛ばす、非常によくよく作り込まれた第2作だった。

ここで細かいことを書くのは控えるけれど、本作には世界観とキャラクターの拡張と深堀り、そのどちらもが兼ね備えられており、これによってわれわれ人間社会に対する強烈な風刺とある種の諦念、それでもなおより良い世界を希求することを諦めないあたたかく力強い物語が胸を打つ。それでいて、きちんとエンタメ作品としての面白さをも追求した本作は、ヴィジュアル面の情報量は増し、アクションはより迫力を増し、ツイストの効いた脚本も健在で、隙あらば投げ撃たれるギャグの数々 *1も素晴らしい。

そんなわけで、僕は本作に惚れて、同日に間髪入れずに2回──同じハコで続けてかかっていたので、吹替→字幕の順に──観ることになったのでした。そのとき、無論もう1周したい気持ちもあったけれど、いよいよ現実に還ってこれなくなりそうだったので、さすがにやめました。つまり、そういうことです。


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◆惑星パンドラの水棲資源を巡って ”海の民” メトカイナ族と人間が対立を深めるなか、人間側に与する ”火の民” アッシュ族が現れる第3作『アバター: ファイヤー・アンド・アッシュ』(ジェームズ・キャメロン監督、2025)は、ほんとうに「This is the only way.」と言い切れるのか、首を傾げざるを得ない1作だった。


たしかに、映画史上でも巨額の製作費(推定4億ドル)をもって作られたという本作の映像のリアリスティックさは素晴らしい。とくに前作同様、これはVFX映像なのだと言い聞かせなければ実写としか思えない「水」の様々な表現──穏やかに揺れる浜辺の波、遠海の荒波、はじける水飛沫、肌に滴る水滴などなど──には驚かさせる。ほんとうに脳がバグる。

が、これは──贅沢を承知でいえば──前作『ウェイ・オブ・ウォーター』(同監督、2022)で、すでに大いなる驚愕をもって体感したもので、そのじつ新鮮味に欠ける。それでは予告編等で大々的にフィーチャーされていたアッシュ族による「火」や「炎」表現でこそ、本作が未開のヴィジュアル・ショックを与えてくれるのかといえば、そうでもない。せいぜい遠方で火山がもくもくと爆発していたり、族長ヴァランが指々に炎を思わせぶりにくゆらせる程度である。そう、やはりキャメロンは「水」にしか興味がないと見えて、本作でもとにかく「水」表現に全力で傾倒している。

もちろん、映像表現の豊かさが折り紙つきであることは美点のひとつではある。しかし、本作を観終わったいま、その物語展開を思い起こすなら、「移動旅団への襲撃」「森のなかでの追走劇」「地元のダチと連れ立って遠海へ行く次男坊」「巨大海洋生物トゥルクンとの対話」「夫ジェイクにひたすら否定されるネイティリ」「キリが “ナウシカ” 化 *2し、なんとなく有耶無耶のうちに終了するクライマックスの海上大戦争」「人間の人質となった末娘トゥクの奪還戦」……と、劇中で起こるイベントのあれこれが──細かな差はあれども──およそ前作と同じなのは、いかがなものか。30分モノのレギュラー・ドラマ形式じゃないんだからさ!


ことほど左様に、本作はいまひとつ新鮮味や独自の見どころに欠け、極論すれば前作と同じ味しかしない、いささかもったいない1作だった。ジェイクが連発する決めセリフではないけれど、「これしか手はない(This is the only way.)」と言っておいて失敗続きの彼と同様に、本作ももうすこし検討すべきだったのではないだろうか。


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*1:たとえば、劇中で流れるディズニー・ソング「ベラ・ノッテ」は、初登場の『わんわん物語』(ウィルフレッド・ジャクソン、ハミルトン・ラスク、クライド・ジェロニミ監督、1955)がディズニー映画史上はじめて動物(犬)主体の目線を徹底した長編であり、かつ物語のテーマが「移民」であることから本作にピッタリの選曲である──ところで「トランプ(Tramp)」という「浮浪者」を意味する名前(間違っても、現クソッタレ米国大統領ではないよ。綴りが違うからね)は、あるいはチャップリンがたびたび演じた「浮浪者」的なキャラクターのことが念頭にあったのかもしれない。彼自身イギリスから渡米した移民であり、彼の作品にはまさしく『チャップリンの移民』(1917)もある──し、クライマックスの追走劇で虚を突いて登場する『シャイニング』(スタンリー・キューブリック監督、1980)のパロディも、例のホテルがインディアンの土地を簒奪して建てられたものであるという設定を含意した、非常に高度なものだ。

*2:本作では、いよいよ彼女の出自に「処女懐胎」性が随伴することで、白人酋長モノかと思いきや、むしろ悪い意味で西部劇になりつつあるシリーズ──そしてキャメロンの思想──が、ほとほと心配になってくる。

◆2025年11月 ひとこと超短評集

2025年11月に、思い出したかのようにちょこまかとX/旧twitterにて書いていた短い短い映画感想の備忘録(一部加筆修正)です。


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【劇 場】
◆とある妖精会館が人間による謎の部隊に襲撃され、その首謀者としてシャオヘイの師匠ムゲンに嫌疑がかかる『羅小黒戦記(ロシャオヘイセンキ)2 ぼくらが望む未来』(木頭(MTJJ)、顧傑監督、2025)は、太くシンプルな描線でデザインされた可愛らしいキャラクターたちに柔らかな筆致と淡い色彩で描きこまれた背景美術、そして前作同様──いや、それ以上に──圧倒的なスピード感と新鮮なアイディアで縦横無尽に展開される激しいサイキック・カンフー・武侠アクションのつるべ撃ちが楽しい1作。

本作ではテーマが妖精と人間との戦争勃発の危機であるだけに、アクションのなかに明確な殺意を盛り込んだシーンも多々あり、コロコロと可愛い世界観とのギャップにより心動かされるだろう。それにしても、クライマックスでは師匠が最強すぎて、もはや使徒(エヴァ)かシン・ゴジラかいった感じになっていたのには笑いました。


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◆弱者として氏族から追放されたプレデターの青年デクが、その意趣返しのため、まだ誰も倒したことのない怪物カリクスのハントに挑む『プレデター: バッドランド』(ダン・トラクテンバーグ監督、2025)は、「プレデター」を観てると思いきや、同じシュワちゃんモノでも『コナン・ザ・グレート』かーい、というか至極まっとうな貴種流離譚に仕上げられた快作だった。

もちろん単に古色蒼然たりというのではなく、氏族の掟に倣って1匹狼の狩猟者を目指すデクが辿る旅路のなかで経る冒険と、半壊したアンドロイドのティアや原住生物バドとの出逢いの果てに選択する結論は、種族や立場──Alien であることすら──を超えて互いに守り合うことこそ強さであると宣言する、今日的に刷新されている──べき──ものだ。本作を観ていて、こんなにまでプレデターに感情移入する日が来ようとはと驚くと同時に、「だけどプレデターだからなァ」と思うこと自体がもはや旧態依然とした考え方なのだと突き付けられるようなSF的な風刺と、切なる願いにも似た感覚が満ちていて面白く、そして胸を打つ。あるいは、僕らの現実世界がそこまで逼迫しているということかもしれない *1


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◆酔って逮捕された中年男スズキタゴサクを取り調べるうち、彼の口から爆弾の爆破を思わせる不穏な言葉がまろび出る『爆弾』(永井聡監督、2025)は、しかっりと骨太なスリラーとして仕上がった1作だった。

佐藤二朗の持ち味を逆手に取ったタゴサクが醸す圧の強い存在感、劇中に何度か訪れる容赦のない爆発描写、そして終始「事件」の展開を描くことに集中したソリッドな作劇が、なんとも知れぬ緊張感を持って観客の予断を許さない。とくに取調室で繰り広げられる言葉の攻防戦を切り取った撮影と編集は見事で、タゴサクを尋問する捜査官が入れ替わるたび絶妙にそのニュアンスを変化させることで人物描写と物語転換、そして心理合戦の命運を暗に示す巧みなものだった *2。ラストに交わされるタゴサクと等々力 *3のやりとりのパンチラインも思わず「ハッ」とさせられるもので、本作の幕切れの余韻とともにわれわれ観客の胸中にしっかりと傷跡を残してくれることだろう *4

もちろん正直もうすこし尺は摘まめるのじゃないかしらん、とか、比較的抑制の利いた音楽使いではあるものの、ならばもっと抑えても緊張感が高まったのじゃないかしらんと思ったりもするけれど、取調室と同様に暗い密室である映画館の椅子に腰を据えてじっくり味わいたい1作だ。


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◆大粒の雨が降りしきってアスファルトの色をしっとりと染めるなか、久々に隣県の映画館まで遠出してOVA『天使のたまご 4Kリマスター』(押井守監督、1985-2025)を観た。今回のリマスターで黒味の情緒が増し、もともとモノラルだった音声の新規リミックスでふっと音の場が拡がったことで、闇と影と風と水流とが戯れる作品世界への没入──沈没というべきか──感がしっとりと強まる。そして、耳をつんざくような汽笛の轟音と少女(兵藤まこ)の絶叫も、より生々しく脳裏に残響するだろう。それにしても、まァなんとも知れぬ叙情に満ちた──あるいはヘンテコな──1作だ。すぐにもディスクでくれ *5!


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【ソフト/配信】
◆前漢で武将だった夢を見た教授と助手が、秘められた遺跡を捜すジャッキー・チェンの『A LEGEND/伝説』(スタンリー・トン監督、2024)は、久々に観た、結構な大金をかけてこんなにも歪な作品を仕立て上げたのか大賞作品というか、なんとも知れぬ1作。それだけに、石丸博也氏の吹き替えで観たかったなあ。


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◆テレビアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』(庵野秀明監督、1995-1996)を、約20年ぶり──初見は、高校生の時分に学校近くのレンタル店で借りた旧DVD版──に観返した。細かいところはだいぶ忘れていて新鮮だったし、こんなに綺麗な画だったかと驚いたし、それ以上になんだか胸に感じ入るものもあって、つまり自分がすこしも大人になれていないということなのでしょう。


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*1:ただ、字幕は白色にしてくれ。もともと入っているプレデター語の英語字幕の薄オレンジ色に合わせなくていいからさ!

*2:誰が負け、誰が踏みとどまるか、それぞれのイマジナリー・ラインの揺らぎに注目しよう。そして思い返すなら、開幕冒頭のタゴサクを映すカメラワークこそ、われわれ観客への挑戦にほかならない。

*3:彼と類家──モジャモジャ頭でその場にそぐわなぬ学生風の風体──は、横溝正史の等々力警部と金田一耕助へのオマージュだったのだろうか。

*4:もうひとつの爆弾があるかないかは、もはや問題ではない。謎が謎のまま留保されることによって、名無しの権兵衛/ジョン・ドゥーでしかなかったタゴサクの存在は──神や悪魔のように──永遠のものとなるからだ。これこそが、あるいは彼の真の目的ではなかったか。彼が謎かけ言葉で人心を篭絡しようとする様は、まさしく神/悪魔の所作にほかならない。そしてラスト、暗転した画面のなかで自販機に小銭を入れてボタンを押すのは、われわれ自身だ。今後われわれが自販機で飲み物を買うとき、いつもタゴサクが不敵な笑みを浮かべて、こちらを見返しているに違いない。

*5:UHD+Blu-Rayだけでなく、Blu-Ray単品版の発売もよろしくお願いします。切に。