2023 5月感想(短)まとめ+ひとこと超短評集【Part 1】

2023年5月に、ちょこまかとtwitterにて書いていた短い映画感想の備忘録(一部加筆修正)と、今年になって劇場で観たにもかかわらず、とくにこれといった理由もなく書きそびれていた作品群の、ひとこと超短評集【Part 1】です。


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【劇 場】
◆人生下り坂のシャルルの運転するタクシーに乗り込んだ老女マドレーヌが、入居する介護施設への道すがら、その人生を語ってゆく『パリタクシー』(クリスチャン・カリオン監督、2022)は、車窓を流れるパリの風景とマドレーヌの想い出が交錯する丁寧なドラマを味わえる1作だ。

登場人物や彼/彼女らの関係性を象徴する衣装の色彩設計の巧みさ、そしてタクシーの車窓から──ときに一時停車しながら──見えるパリの様々な通りや街角を映した撮影も美しい。物語や演出は、予告や宣材から受ける印象のとおり、いわゆる人情喜劇風味の味わいで、ふたりの口からときおりまろび出る洒脱な台詞やペーソスに満ちたやりとりにクスリとさせられる。

だがいっぽう、マドレーヌがシャルルに語って聞かせる人生の想い出は、決してスクリーンに映った景色のように美しく、楽しいものばかりではない。彼女が人生で受けた仕打ちは、ビターというにはあまりに酷薄なものですらあり、これは過去1世紀に渡る──いや、もっとそれ以前から、そしていまもって連綿と続く──、いわれなき抑圧を被った女性史の映し鏡でもあるのだ。なればこそ、本作のそこかしこに見られる『ローマの休日』(ウィリアム・ワイラー監督、1953)や『タクシードライバー』(マーティン・スコセッシ監督、1976)などへのオマージュも味わい深い *1

ことほど左様に本作は、思いがけず重層的な味わいを醸す素敵な1作だった。


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【なんとなく書きそびれていた劇場鑑賞作品の超短評(Part 1)】
◆ハワイ行きの旅客機で、前代未聞のバイオテロが起きる『非常宣言』ハン・ジェリム監督、2022)は、『大空港』(ジョージ・シートン監督、1970)を代表とするような “乗り物パニック” 群像劇として骨太な1作だった。次から次へと巻き起こる困難と、地上と機内で絶妙にすれ違い絡み合う人間模様とが織り成す物語──クライマックス手前で、すこしウェットに寄りすぎた嫌いはあるけれど──に片ときも目が離せない。とくに、事態が急変するプロットの転換点において、文字どおり飛行機の向きがグーッと変わる演出が素晴らしい。


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◆1990年代アイルランドの片田舎を舞台に、自身がゲイだと受け入れられない高校生エディとレズビアンであること隠すアンバーが、周りの目を欺くために恋人関係を演じようとする『恋人はアンバー』(デヴィッド・フレインカント監督、2020)は、コンパクトな上映時間と軽快な演出で口当たり爽やかな趣だけれど、それゆえに主人公たちが日々感じている孤独や疎外感が観客にヒシヒシと伝わってくる。本作の主人公ふたりのようなLGBTQ であるかいなかに関わらず、家族や世間一般の “普通” への違和感や、それからの同調圧力への不信感、それへ準じているふうを装うことへの疲弊感は、誰しも大なり小なり身に覚えのあることではないだろうか。


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◆誰しもが狂ったのように映画に夢を託した1930年代ハリウッドの情景を戯画的に描く『バビロン』デイミアン・チャゼル監督、2022)は、『旧約聖書』「ナホム書第3章6節」を地で行くような強烈な冒頭から、ケネス・アンガー『ハリウッド・バビロン』を筆頭に、映画史上における様々な逸話やスキャンダル、そして出来事を寄せ集めて煮詰めた闇鍋のような1作だった。映画をつくることの狂気・狂乱・狂騒が目まぐるしくスクリーンを覆い、やがて登場人物たちに訪れる転落と没落は──まさしく “災いなるかなバビロン” ──盛者必衰の理ありだ。こうして映画は “言葉” を得、その世界の住人は分断されたのでありました。

ラストはちょっとやりすぎかなと思うけれど、ともあれ本作の予習もしくは復習には『雨に唄えば』(ジーン・ケリースタンリー・ドーネン監督、1952)をぜひご覧なさいね *2


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◆残りライフが「1」になってしまったプスが、なんでも願いを叶えてくれるという「願い星」探求の旅に出る長ぐつをはいたネコと9つの命』(ジョエル・クローフォード監督、2022)は、『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗』(セルジオ・レオーネ監督、1966)もかくやの冒険お宝争奪戦──そして、メキシカン・スタンダップ──映画として楽しい *3のはもちろんのこと、目を見張るのはそのアニメーション表現だ。本作はいわゆる洋画のCGアニメーションだが、シーンが戦闘やアクションに突入すると、いっきに画面が日本のアニメ的手法を取り入れた表現で彩られるのが特徴だ。

それまでフルアニメーション(24コマ/秒)だった動きは12コマないし8コマのリミテッド・アニメーションとなり、モーション・ブラーや身体の部位の誇張表現、あるいはキメの一瞬に背景が抽象化するなど、ことごとく近年の日本アニメ的な画づくりが徹底して取り入れられている。同じくドリームワークス制作の『バッドガイズ』(ピエール・ペリフィル監督、2022)でも──本作とは、また違った形で──日本アニメ的な手法が取り入れられていたが、同社のなかで、そういった作品に慣れ親しんだ世代がメインクリエイターになってきたということだろうか。


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*1:そして、これらのオマージュが、一見真逆の演出なのがさらに興味深い。夜は昼に、カメラは車内から車外に、壁のモニュメントの理由を知っている人物は……と、いった具合に。

*2:あるいは、似たテイストの作品として『アンダー・ザ・シルバーレイク』(デヴィッド・ロバート・ミッチェル監督、2019)も思い起こさせる。どちらにも “スパイダーマン” が出てるしね。

*3:ほかにも、三船敏郎を模したという「死神」のシルエットや、『狩人の夜』(チャールズ・ロートン監督、1955)や『ドラキュラ』(フランシス・フォード・コッポラ監督、1993)などを思わせるオヴァー・ラップなど、そこかしこに点在する映画のオマージュやパロディにもニヤリとさせられる。