『ホビット 決戦のゆくえ』(2D字幕版)感想

ピーター・ジャクソン監督。イギリスの言語学者J.R.R.トールキンが著した『ホビットの冒険』の映画化シリーズ第3弾にして完結編。

ドワーフの王子トーリンたちの奮闘空しくエレボールの宮殿からまろび出た邪竜スマウグは、港町エスガロスを急襲した。町が炎に包まれるなか、弓の達人バルドは黒の矢を放ってスマウグを討ち取ると、家を失い傷ついた町の人々を連れて、エレボールに避難。そこに、エレボールの財宝の利権を主張するエルフの軍勢もやって来る。しかし、スマウグによって奪われていた黄金の山に目の眩んだトーリンは、疑心暗鬼に駆られて宮殿の扉を閉ざしてしまう。ホビットのビルボは、トーリンのあまりの変わりように、手に入れていたドワーフの秘宝「アーケン石」を彼に渡せずにいた。ドワーフ、エルフ、人間──それぞれの思惑が交錯するなか、死人遣い/ネクロマンサーの手によって放たれたオークの大軍が、エレボールに近づいていた……。


     ○


2001年の『ロード・オブ・ザ・リング』から続く6部作がついに完結するというので、おっとり刀で劇場に出かけた。もちろん、このシリーズは映画的にも、自分史的*1にも非常に大傑作だと思うし、これまでの5作も観るたびにたいへん満足して、座席を立ったものである。

しかし今回、シリーズではじめて物足りない思いをしながら座席を立ったのに心底驚いた。ひと言でいえば、
あさっりしてるなー、という。


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こんなふうに書くと誤解を招きかねないが、大筋においてはこの『決戦のゆくえ』もたいへん面白かったのだ。衣服、背景美術、大道具から小道具にいたるまで緻密に施された凄まじいクオリティのデザインの数々や役者陣の演技、もはや重力を操っているとしか思えないレゴラスの超絶技巧を筆頭として展開されるダイナミックなアクションの乱れ打ち、ドル・グルドゥアに現れた「サウロンの目」の恐ろしくドラッギーな表現などなど、映像表現はどれも申し分ない。

また、権力を手に入れてしまったドワーフ族トーリンが陥る保身的な迷路と、それに端を欲するエルフや人間らの思惑が奏でる負の連鎖、そこに第3者の視点から誠実に向き合おうとしたビルボなど、原作にあった物語の核心を外さない脚本もまたよかった。

そもそも、児童文学1冊のボリュームしかない原作小説に、トールキンが後に語り足した様々な外伝的要素を本編にこれでもかとプラスし、原作には登場すらしないレゴラスやタウリエル*2や、原作ですでに死んでいるはずの宿敵アゾクを重要キャラクターとして配したりするなど、内容の密度としては原作を大幅に越えてパツンパツンであり、むしろそれこそが本作の魅力だったはずだ*3。にも関わらず、どうしてこうもあっさりとした印象が残るのか──?


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それは主に、本作のクライマックスである「五軍の合戦」の決着──すなわち、決戦のゆくえ──をきちんと描写していないからではないか。もちろん、エレボールで利権を巡って睨み合うドワーフ、エルフ、そして人間たちのもとにオークたちの大軍が押し寄せて凄まじい合戦となる様子は、これでもかと描かれる*4。しかし、闘いが進むにつれて、画面はトーリンとアゾクの一騎打ちをメインに据え始める。そしてそのまま、合戦そのものは遠くの風景のなかでなんとなく終結した“らしい”ことが示唆されるだけなのだ。

もちろん、前述したとおり、原作では既に死亡していたはずのアゾクをわざわざ復活させ、シリーズの実質的な主人公であるトーリンの成長と葛藤の物語の大きな軸として展開した脚本であるので、彼らをメインに焦点を合わせること自体は間違っていない。しかし、原作でもあまり描写されることのなかった「五軍の合戦」を仔細に描くことを売りのひとつとしていた*5だけに、ちょっと拍子抜けした感があるのは否めない。

ここで、本作の上映時間が問題になってくるが、本作は『ホビット』シリーズの前2作の上映時間(劇場公開版)──それぞれ169分、166分──と比べて、145分と20分あまり短いのである。仮に合戦の決着をしっかり描くにしたも、シークェンスとしてはそんな長いものである必要はないはずだ。このすっぽりと抜けた20分のうちに十分収まるだろうし、先行する『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズの完結編『王の帰還』では、むしろ上映時間を前2作よりも20分増やしてでも、すべての要素に決着を付け切ったではないか。なぜ本作ではそれができなかったのか──?


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穿った見方をすれば、後にソフトとして発売されるはずのスペシャル・エクステンデッド・エディション(SEE)──つまり、長尺版──に向けたマーケティングというか、あえて露悪的にいえば、出し惜しみなのじゃないか、という気すらしてしまうのだ。もちろん、劇場公開版は最初の助走であり、SEEこそ本番! というファンが大勢おられるのは存じているが、むしろこれまで劇場公開版のほうが好き*6だった僕としては、ちょっと残念に思ってしまった次第である(もし、そうなら)。

なんだか文句ばかりになってしまったが、このシリーズに対する期待値の高さと、本作──うち4分の3まで──がそれに十二分に応えてくれていたのは事実。悲しいかな、はじめて心底SEEが観たいと思わせた時点で、本作は勝ちである。

それにしても、この10年余りのあいだファンタジー映画というジャンルを決定的に更新し続けたシリーズがついに終結したいま、次の進化はいつ、どんな形で訪れるだろうか。それもまた、たいへん楽しみである。


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第1作ホビット 思いがけない冒険』(2D字幕版)感想>>http://d.hatena.ne.jp/MasakiTSU/20130128/1359389868

第2作ホビット 竜に奪われた王国』(2D字幕版)感想>> http://d.hatena.ne.jp/MasakiTSU/20140302/1393739339

*1:とくに多感な中学〜高校の時期にリアルタイムに劇場で観た『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズ(2001-2003)は、「えっ、これシリーズなのっ!?」という驚きも含めて、忘れえぬ作品群だ。

*2:彼女に関しては、完全に映画オリジナルのキャラクター。

*3:膨大すぎる原作をバッサバッサと切りまくったいさぎの良さこそが魅力だった『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズとは逆のアプローチだ。

*4:そういえば、開戦直後に山肌を破って登場したあの巨大ミミズたち(映画オリジナル)はその後どこに行ったのだろう。

*5:原題はもちろん“The Battle of the Five Armies”だ。

*6:端的に比較するなら、劇場公開版:SEE=映画化:映像化、という式が成り立つのではないか。1時間近い追加を施した『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズのSEEは、僕にとって果てしない拷問のようですらあった。