『ジョン・ウィック』感想

チャド・スタエルスキ監督*1。『マトリックス/レボリューションズ』(ウォシャウスキー兄弟監督、2003)や『コンスタンティン』(フロンシス・ローレンス監督、2005)など数々の映画でアクション/スタントコーディネーターを務めたスタエルスキの第1回監督作品。怒れる伝説の殺し屋ジョン・ウィックキアヌ・リーヴス、そのほかウィレム・デフォーミカエル・ニクヴィストらを迎えたバイオレンス・アクション。

ジョン・ウィックは愛する妻へレンと共に静かに暮らしていたが、あるときへレンが病気により他界してしまう。哀しみにくれ、人生に絶望しかけた彼の心を癒してくれたのは、自らの死を予期していたヘレンから贈られた1匹の小犬デイジーだった。ジョンは、ヘレンの遺した小犬と暮らすうちに少しずつ生きる希望を取り戻しはじめるのだった。

そんなある日、街でも有数なロシアン・マフィアを取り仕切るヴィゴの息子であるヨセフは、たまたまガソリン・スタンドでいっしょになったジョンの乗る'69年式マスタングに目をつけ、売ってほしいとしつこく迫る。「愛車は売り物じゃない」とジョンに断られたヨセフは、その夜ジョンの自宅を襲撃。マスタングを奪われたばかりか、目の前でデイジーを無残にも殴り殺されたジョンは怒り心頭し、たったひとりで復讐に立ち上がる。彼こそは、かつて裏社会で恐れられた伝説の殺し屋だったのだ。一方、息子が“あの”ジョン・ウィックを怒らせたことを知ったヴィゴは、慌てて事態の収拾に乗り出すが……。


     ○


世紀の傑作とか、凄まじい完成度を誇るとかまではいわないけれど、
本作はボンクラの夢がギュッと詰まった大好きな映画だったよ!



なんといってもキアヌ・リーヴスが演じた、かつて凄腕で鳴らした元殺し屋ジョン・ウィックの“一目置かれっぷり”が度を越しすぎていて逆にチャーミングなのが、すごい。かつて彼を雇っていたロシアン・マフィアのボス、ヴィゴが彼の名を聞いて思わず「オゥ……」と絶句するのはもちろんのこと、仕事人(=殺し屋)専用ホテル“コンチネンタル*2”に顔を出せば「やぁやぁ」と同業者全員から挨拶される始末。

挙句には、自宅を襲ったヨセフの手下を返り討ちにした現場に訪れた警官すら事情をおもんぱかってくれ、街の裏社会を真に牛耳る最重鎮人物からもあっさり情報を流してもらえる、という「ナメてた相手が、実は殺人マシンでした!」系映画*3の主人公のなかでも1、2を争う切れ者感漂う設定が素晴らしい──というか、彼をナメてるのはヴィゴの息子ヨセフや若手だけ、というのは内緒だ──し、そもそも引退して所帯を持って数年間、誰にも報復されずに静かで幸せな暮らしを営んでいたというだけでも、その凄みが判ろうというものだ。それが後で書くように、ちゃんとアクションでも示されるのだからなお素晴らしい。

誰からも愛される男ジョン・ウィック! とは彼のことである。


     ○


そんな裏社会断トツの殺し屋だったジョンが、数年前に最愛のヘレンと出会い、すったもんだあった挙句に引退。ヘレンと幸せな結婚生活を営んでいた*4ものの、彼女は持病により病死してしまうところから映画は始まる。画面の色彩を真っ暗にしながらドン底にまで落ち込んでしまったジョンのもとに、自らの死を予期していたヘレンから最後の贈り物が届く。それはデイジーと名付けられた小犬だった。画面の色合いもほのかに明るく鮮やかになりながら描かれるジョンと小犬の日常シーン*5は、ディズニーの『わんわん物語』(H・ラスケ、C・ジェロニミ、W・ジャクソン監督、1955)もかくやで本当に微笑ましい。

それだけに、後にジョンの車ほしさに彼の自宅を強盗したヨセフたちに、デイジーがジョンの目の前で即物的に殴り殺されるシーンは下手な暴力描写よりもよっぽど残虐で、観ているこちらも「この恨み晴らさでおくべきか! 一族郎党皆殺しじゃ!」とルサンチマン度MAX。かくしてジョンが、かつての仕事道具を封印した地下室の床を、巨大なハンマーで叩き割りながら言葉にならない咆哮を上げるシーンは、地獄の釜を開くかのようなハンマーのSEに合わせてヴィゴがジョンの正体を劇中ではじめて明かすシーンをカットバックする編集とも相まって、打ち震えるような力強さに満ちている*6

動物に優しい男ジョン・ウィック! とは彼のことである。


     ○


ついに銃を手にしたジョンに敵などあろうはずもなく、自宅を襲ったマフィアの手下は闇夜に紛れて返り討ちにするわ、中盤にはヨセフが隠れたナイト・クラブに自ら殴り込みにいくわと、愛犬デイジーの報復に身を乗り出したジョンの姿は主人公というより、もはやホラー映画のモンスター然とすらしているのが可笑しい。ヴィゴの口ずさむ「ブギーマンの唄」とともにジョンがやって来るナイト・クラブを彩る赤・青・緑といった原色でケバケバしい照明効果*7は、悪夢怪人フレディの跋扈する『エルム街の悪夢』(ウェス・クレイブン監督、1984)的な色合いすら思い起こさせる*8

クライマックスに至っては、雷鳴がゴロゴロと轟くなか、ジョンが車のエンジンを唸らせて敵を追いかけまわすという、ホラー映画的には100点満点なバカバカしい──いや、それ以上に最高にかっこいいチェイス・シーンまであって見応え十分。正直、途中からヴィゴ*9の馬鹿な息子のせいでジョンにぶち殺されてゆくマフィアたちのほうに同情しそうにすらなるが、その一歩手前で再びジョンに観客の感情移入を誘う脚本的なフックもあって、そのバランス感も素晴らしい。おかげで、どんなにジョンが再び敵に怒りの刃を向けようとも、清々しく溜飲の下がりきった状態で劇場を後にすることができる。

ブギーマンすら狩る男ジョン・ウィック! とは彼のことである。


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ジョンが用いる格闘技と銃撃を併せたアクションももちろん面白い。ロシア軍特殊部隊の格闘術であるシステマをベースに柔道の投げ技などをミックスしたという殺陣で、速度と重さがよい按配で醸されている。また画面ではジョンの挙動のひとつひとつを余すところなく描写してくれるお陰で、ジョンと一体となったような臨場感と共に、独特の実在感を伴っている。

基本、多勢に無勢、ひとりで殴り込みをかけてゆくスタイルのジョンが、彼の前に襲いかかる複数の敵を、いかに的確にかつ効率よく倒してゆくかの殺陣のつくり方もいい。まずは手近な敵を床に押さえつけて拘束し、すかさずサイドから迫る別の敵たちを射殺した後、最初のひとりに止めを刺すという殺陣のパターンが頻出するが、これがケレン味もありながら、じつにクレバーに見えて“プロっぽい”。その必殺アクションをみるだけでも、ジョンの度を越した一目置かれぶりも当然と思わせてくれるのが素晴らしい。

しかも特筆すべきは、ジョンが敵だけを過たず殺し、いっさいのコラテラル・ダメージを出していない事実。スーパーマンでさえ山のように無用な犠牲を出す昨今にもかかわらず、彼はそれをいっさい自らに許さない。この美学! 彼の銃口の先、いま撃てば必ず仕留められる敵がいても、その近くや手前を無関係な一般人が逃げ惑えば決して引き金を引かないという描写は、ジョンがいかに殺し屋として洗練された眼を持っているかの証左だけでなく、彼の人間性の描写にもなっていて、何気ないところにも気を抜かない演出の気概が感じられるのも好印象。

気遣いのできる男ジョン・ウィック! とは彼のことである。


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あとはもう、拘りぬかれたエンジン音とか銃撃音の抜けが最高に気持ちいいSEとか、ジョンのライバルであるスナイパーを演じたウィレム・デフォーの佇まいをはじめとしたキャスティングがいちいちイイとか、褒めたいところだらけの僕は大好きな映画なのだけれど、そうはいってもいわゆるアクション映画である本作。そういったジャンル映画や、なんだかんだいっても漫画っぽくもある設定や展開が苦手だったり、ついていけない方もおられるだろうから、万人にオススメできるというタイプの映画では決してない。

しかし、ボンクラで中二病患者の諸君は異世界に行っている場合じゃない。
いますぐジョン・ウィックに会いに劇場へ出かけよう!

*1:また、製作を務めたデヴィッド・リーチも、ノン・クレジットで共同監督。

*2:ここのマネージャーであるカロンの佇まいや台詞のやりとりも最高でしたよ。

*3:by 映画ライター、ギンティ小林氏。彼が本作公式HPに寄せたコラムも勉強になるので必読。2015年10月19日閲覧。

*4:このくだりをほとんど描写しないドライさが逆に豊潤な読みを与えてくれてグッド!

*5:ここでも、ジョンのドライビング・テクニックや、物事の配置に拘るプロとしての素質をさり気なく描いている。

*6:咆哮ってのはこういうときに限って本来使うものなんだよ! と誰にともなく言いたい。

*7:先ほどからチラホラ書いてきたけれど、本作は画面の色彩設計が本当に見事だ。ジョンの心情や状況を的確に色で描いてゆく手腕は観ていて美しい。

*8:そういえば、ジョンに一目置く“掃除屋”チャーリーの姿は、服装のシルエットといい、演じたデヴィッド・パトリック・ケリーの顔の造作といい、なんとなくフレディっぽい。

*9:ヴィゴ自身は、相当やり手のボスというふうに描かれているのがまたニクい。