2021 1-2月感想(短)まとめ

2021年1月から2月にかけて、ちょこまかとtwitterにて書いていた短い映画感想の備忘録(一部加筆修正)です。


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【劇 場】
◆鳴と響の姉妹が、自殺の名所としても知られる青木ケ原に存在するという謎の村と箱の呪いに襲われる『樹海村』清水崇監督、2021)は、まァ「村」というわけでは決してないが、バランスよく楽しいホラー作品だった。

前作『犬鳴村』(同監督、2020 *1)に続く「実録! 恐怖の村シリーズ」第2弾と謳われる本作だが、「村」自体が都市伝説だった前作と異なり、本作では「村」ではなく、有名なネット怪談のひとつに登場する「コトリバコ」を主軸に据えた作品となっている。コトリバコとは、出雲の国(島根県*2が発祥の、女子供を殺して一族を根絶やしにするために作られたという箱状の強力な呪具。本作はこのネット怪談を参照しつつ独自の設定を立て、やはり本作が独自に設定した「樹海村」という村に収斂させている。

それでも敢えて独自の設定を創作して “村モノ” と銘打っているのは、ひとつにはフランチャイズ化の思惑があったのだろうし、他方では──やはり森を探索する──『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』(ダニエル・マイリック、エドゥアルド・サンチェス監督、1999)の日本版を撮ろうという作り手の意図もあったのだろう。樹海村の境界にある謎のオブジェや、本作のオープニング直後に展開される YouTuber のアキナ──前作でも同様の役柄だった大谷凜香 *3が演じているので、第3弾にもぜひ登場してほしい──による樹海探索の動画生配信のシークェンスは、とくに『ブレア~』の影響が色濃く見受けられる。

同時に、呪いと森に引き寄せられる姉妹の物語が、Jホラー──というかゾンビ風の幽霊が暗闇に跋扈する清水節──的な味わいから、どこか美しさすらあるダーク・ファンタジー的なクライマックスへと移り変わる展開は、『MAMA』(アンディ・ムスキエティ監督、2013)を髣髴とさせる。もちろん、前作『犬鳴村』でもJホラーとダーク・ファンタジーの融合は試みられていたが、劇中のリアリティ・ラインの水準がシーンごとにアベコベだった前作と比べて本作では一定のラインがきちんと保たれているため、違和感なく物語世界に没入することができるだろう。特殊メイクとVFXを大胆に用い、ある種のメタモルフォーゼが妖しげな美しさを醸す本作のクライマックスの画も、日本映画ではあまり見かけないタイプのもので、見応えがある *4

また、本作では昼間の明るいシーンが頻出するもの特徴的だ。とくに中盤、登場人物たちが次々にコトリバコの呪いに見舞われてゆく一連のシーンでは、明るい画面──しかも、とくに被害者を映そうという感じのない素っ気ない画面レイアウト──のなかで、死が突然あっけなく彼/彼女らを襲うので、まるでたまたま事故現場に出くわしてしまったかのような居心地の悪さがスクリーンから滲み出てくるようだ。本作の恐怖表現としては、ここが白眉かもしれない。

もちろん粗がないわけではない。まず、展開を重視するあまりシーンごとの繋がりが少々強引な点だ。登場人物たちがやたらと富士樹海──しかも山道から外れた奥──に往復しすぎではないかと思われたし、“オフ会” のシーンもほとんど意味を持たなかったし、クライマックスでいよいよ登場する樹海村も、その発見手順にもうひとロジックほしかったところだ。そしてなにより、本作の主人公である鳴と響の姉妹に生活感がまったくないことだ。彼女たちの友人や、ほかのサブ・キャラクターたちですら、彼/彼女たちの日常が伺えるのだが、鳴と響だけは普段なにをして生活しているのか皆目描写されないので、物語世界からも妙に浮いた印象ばかりが目立ってしまっている。“見えて” しまうがために引きこもりがちな妹・響と、対照的に明るく活発的な姉・鳴の関係性を思わせる、同一画面での会話シーンにも関わらずピントが鳴と響を交互に行き来するショットなど興味深い演出も多かったぶん、そこが惜しまれる。

とはいえ、適度なスケール感と展開に従って変化する恐怖感を、バランスよくまとめ上げた本作は、観て損はない1作だ。第3弾もぜひ作ってほしい。


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【ソフト】
◆誘拐された少女の監禁場所を追う巡査と配信系リポーターを描く『ライブリポート』(スティーヴン・C・ミラー監督、2019)は、いわゆるリアルタイム・サスペンスとしてタイトで適確な尺に見せ場をきちんと盛り込んだ1作で、チャーリー・シーンの『ザ・チェイス』(アダム・リフキン監督、1994)同様、題材としても民放の洋画劇場で観たらば、よりいっそう楽しかろう1作だ。


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ソ連時代、KGBの訓練によって暗殺者となった女の戦いを描く『ANNA/アナ』リュック・ベッソン監督、2019)は、時系列シャッフルをふんだんに用いた話運びやアクションの見せ場など楽しく、ふつうに面白いのだけど、1990年が舞台のはずなのに登場するコンピュータや携帯電話があきらかに2000年代半ばのラップトップだったりガラケーだったりするので奇妙なノイズになっているのが残念。リュック君さあ、オイラより1990年のこと詳しいでしょ!?


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◆とある理由から真人間に改心して政界に打って出ようとする元ヤクザのチェシルの奮闘を描く『英雄都市』カン・ユンソン監督、2019)は、なるほどこういう『ロッキー』(ジョン・G・アヴィルドセン監督、1976)の翻案があるかと唸させる脚本と演出とオマージュの効いた楽しく可愛らしい1作。挙句『メリーに首ったけ』(ボビー・ファレリー、ピーター・ファレリー監督、1998)のラストで締めくくるのだから憎めない。チョイ役でマ・ドンソクと、どういうわけだか “ラーメン三銃士” も出てくるゾ!


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*1:公開当時の感想>>拙ブログ「2020 2月感想(短)まとめ」内。

*2:前作でも「鷹の爪団」がコラボレートしていたが、この点において本作ではいっそう必然性があった。

*3:西田明菜役。また、ほかにも『犬鳴村』ネタがちょっぴり登場する。

*4:前作は動きのないファッション・ショーもかくやの、いささか残念な出来だったぶん、よけいにそう思われた。